楽園の終焉 END OF PARADISE 2010-Ⅰ-8 ― 2018年10月27日 13:36
今年は、夏から急に秋になった気がします。
なけなしのお金で、ライトクラス用の竿の仕立てで打ち合わせに来られた方です。
「名前は、どういれましょうか?」
「将来うちの子が使いますから・・・。」
早々に目覚めるが、朝はホテルのナシゴレンにバリコーヒー。
相変わらず床が変わると寝られない大和人。
2杯ほどバリコーヒーを飲むと底に粉が溜まる。
これが3杯目となると泥が溜まったようになるのがちょっと辛いかも。
でもそのような事は気にしないのが現地風。
見た目にはとても濃いように感じるが飲んでみると案外あっさりとしているのだがそれは、アメリカのあのコーヒーの不味さより数段上の味がした。(アメリカのスタンダードなコーヒーの表現は薄い漢方薬?が適切な表現かもしれない。)
お米の味もそれはそれで美味しく、いい感じ。長粒米であるが私には気にならないばかりか、逆にこれがいいという仲間もいたほど。
日本のお米は、ものすごく美味しいと私は思うが日本の短粒米は、ある面特殊な部類に入ると思えた。
独特の香りと甘いテイスト。
そしてバリのコーヒーと朝のすがすがしさ。
これが日中も続いてくれれば良いのだが。
その果てに観えるものは・・・・何だろうか・・・・・。
この渋滞は、延々と続く。
もはや、ただのアジアの忙しい都市。
我々のチャーター車は、昨日と同じルートでバイクの混雑をかいくぐって、汚い港に向かう。
相変わらず我らは気合十分な感じ。
親父だけは、これを中途半端に流す。
車を降りてまたボートに向かう。
お粗末な浮桟橋。
そして、お決まりの飛散するゴミ。
バイクは半端ではない交通量とボリュームである。
その昔この浮桟橋程度で船酔いする後輩の釣り人がいたのを思い出し、彼の顔が目に浮かんでしまう。
船外機2機がけのエンジン音と波。
ゆらり揺られて目的地まで。
人の心も毎日揺さぶられてくたびれて。
都会の人ゴミにも悪酔いしそうになって。
渋谷の街も新宿の街も私には冷たく、釣具屋までも冷たい気がして。
さらに鼻持ちならぬエキスパート風の接客に更に疲れて。
東京駅のデパ地下で買い物してビジネス笑顔を頂く。
それでも笑顔は、笑顔である。
バリ人の笑顔は無理がないように感じるのはバリヒンドゥーの力なのか。
それでも彼らにも辛い現実はあるのであろう。
先鋒隊の射撃は、衰えるどころかブンブンと音を立ててポイントに。
執拗に攻め立てる。
ラインスラッグを巻き取って、ポッピング。
疑似餌は、ポカポカ、カポカポ、というよりは、早いテンポでストップアンドゴー、そのジャーク音と水飛沫を立てる。
後衛部隊は、幾分ゆったりと。
私は適当と・・。
H氏はひやひやと・・。
いつ吹くかも解らない気運との狭間に泳ぐ我々。
恐らくこのメンバーの中で最も活きた心地がしないであろうH氏。
彼は、私の一回り後輩にあたるが、キャプテンと同じく、最も「魚よ!出てくれ!」と心の叫びをシャウトしている人間であった。
しかし、彼の祈りや念願も虚しく、ルアーは打ちこんではまたボートに返ってくるのであった。
さらに、追い打ちの冗談を交えてH氏をさらに窮地に追い詰めて行く私であった。
時々ちらりと後輩Hの様子を偏光グラス越しに観てみるが、弥生人系の彼の表情は、水木しげる風のタッチのサラリーマンの顔になっていた。
その額から流れる汗は、暑さと冷や汗とこれは大変な辛さであろう。
彼のこころの乳酸値もややピーク気味であったろう。
私は、彼を慰める言葉もかけようとするがそれは、嫌みな親父トークにしか聞こえなかったのかもしれない。
先輩風など吹かす予定は、毛頭ないのであるが結果そのようになったのかもしれない。
しかし、 その事は未だ彼に聞いていない。
雨季の空。
蒸し暑い。
暑いと言っても仕方がない。
濁った水に浮かんだゴミ。
それにマングローブ林。
ボートはサービスでドリンクフリーと言うか込である。
クーラーボックスの選択枝は、ダノンの水かアメリカが開発した世界中にある炭酸飲料。
コーラかスプライト。
当然ながら、伊藤園はないし、サントリーも無い。
ポカリスウェットは輸入品で高価なので予算オーバー。
親父とW先生とでコーラを飲む。
一応H君にも渡す。
勿論砂糖大盛り入り。
そして、また我々は、執拗にドーナツ岩を攻める。
後方からのぞいてみると。


