楽園の終焉 END OF PARADISE 2010-Ⅰ-6 ― 2018年10月01日 17:31
24号は本州をほぼ縦断して行った。
暴風は狂ったように音を立てて吹き荒れた夜だった。
日が変わっても強風は一日吹き続けた。
浪人と侍
浪人とはことバンクによれば
ろう‐にん
〔ラウ‐〕 【浪人】
[名](スル)
1 古代、本籍地を離れ、他国を流浪している者。浮浪人。
2 (「牢人」とも書く)中世・近世、主家を自ら去ったり、あるいは失ったりした武士。江戸時代には幕府の大名取りつぶし政策などにより著しく増加し、政治・社会問題となった。浪士。
3 入学試験や入社試験に不合格となり、入学や就職ができないでいる人。また、職を失って、きまった職のない人。「一年―して志望校を目ざす」
と言うことである。
さて、送迎車が朝のラッシュを縫うようにかき分けて、高速の蟻達が蠢くように走るバイクはものすごい数であった。
2010年当時のメインロード、所謂朝の通勤ラッシュ。
港に近づくと産廃とゴミの集積場が観える。全くのNG風景であるがこれも現実。
それは、まさにガーベージマウンテン(ゴミ山)。
気勢を削がれる。
そして若干の脱力感が襲う。
これが現実である。
楽園の現実。
運転手が送迎車を降りようとするとドアを開けてくれた。
けだるい暑さと湿気が我々を出迎えてくれる。
「うう、暑い。」
成田の朝は摂氏10℃。
11月初旬の千葉にしては少々肌寒いと感じたが、 ここは雨季の30℃以上の朝。
当然紫外線は強い。
「キャプテンお願いします!」
短くて長いトリップが始まる。
175馬力の2機掛けはまあ、妥当。
T氏とI氏はやる気満々。
揺れるボートでストレッチを始める。
我はと言うと、疼く肩と手首の痛みは増すばかりで、頸椎から来ている痛みと強張りは更に人のやる気を削いでいく。
ストレッチしてみてもそれはジリジリとしたこの太陽の光と同じく、一向に治まる気配はないのであった。
私にはこれが更に憂鬱な精神をさらに陰鬱にさせる。
ここのスコールのようにはいかなく、長い秋雨のようだ。
いきなりボートが減速する。
海を見るとまたまたゴミが潮で集まって邪魔をする。
コンビニ袋っぽいのはこの海で釣りたくない。
暫く揺られて、朝一の一級ポイントに着く。
さあ投げて。
名称ポイントキノコ岩を過ぎる。
それぞれ思いを込めて意気込みのキャスティング。
その場に居ても心はバラバラ。
当然気合いの入れ具合もそれぞれで、余裕の無い様だが、熱意という言葉に転換してしまった。
しかし、最も重要なのは、その日頃の日本で抱えてしまった悪い運気まで投げてしまわないと、これはえらいことになりそうだ。
S社の高級スピニングリールからまたまた何度も高級8本撚りの高分子ポリエチレンでできたブレイディッドライン(PE)が勢いよく低い呻きを上げて放出してゆく。
バリ名物の激流ポイントを攻めるT氏とI氏
思い思いに泡を吐いたり、飛沫を上げたり、ヒラウチしたりと疑似餌達(LURE)は、大海原の中の塵のようなちっぽけな存在=アングラーの操作指令によってそれなりの動きで身もだえしながら、その水中で待ち受けているであろうと思われるロウニンを誘いだす事に全てをかけている模様。
所謂“おとり”という罠に是非はめてみたいとそれぞれ願をかける。
けれども、何度投げてみても、持てる気を吐いてみても、そうこちらの罠にはやすやすとは引っ掛かってくれない初日の現状は、初日という余裕とか肩慣らしとかいう名目でなんとかその場の状況を前向きにとらえようと皆さん必至であったように思える。
別にうなだれているわけではないが、そう映るのは何故だろうか。
暗雲立ち込めたり。
それで諦めてしまっては、それで終わり。
なんの意味もない。
己の自制心を失って自棄もおこせない。
羽目も外せない。
そして、釣り人はまた諦めない心を毎度のことながら反復練習する。
諦めない心と一言でいえば簡単だが、人の心はいつも折れることとのせめぎ合いなのであって、それはまさしく「考える葦」なのかもしれない。
いくら考えてみても、いくら操作してみても、根性と気合でロッドを振ってもいつも同じ答えがかえってくるとは言えないのが釣りの予測のつかないところであり、面白さでもあったりする。
がやはり何らかのアクションがないとそれはそれで忍耐化してしまい辛いものとなってしまう。
激流の吐きだしを攻める、魚神先生。
先に見える穴から海水が一気に流れを作っている名ポイント
あっという間に1ラウンド終了。
楽園の終焉 END OF PARADISE 2010-Ⅰ-7 ― 2018年10月23日 20:19
軒並み、持てる技はある程度出し切ってはみたものの、相手の防御は完璧なのか半分お手上げである。
ちらりとCapt.の様子を偏光グラス越しに伺ってみるも、その髭を蓄えた風貌からは想像もつかないほど渋い様子だった。
彼の顔をみて更に現実を受け入れなければならない状況ではあった。
むなしく、ポップ音が潮騒にかき消されるほどに、気合さえも、一緒にかき消してゆく。
その日のお弁当はと言えば、日本食であるがその味は釣果にコートされて味も伝わらない。
「まあ初日だから…。」
と気休めに皆で気持ちを共有する。
良きも悪きも戦友といったところか。
今のところ幸い脱落者はいないようで、希望はまだまだ感じ取られた。
午後の中だるみを払拭すべく、若手将校たちは艦砲射撃を続けるのだった。
かつての私の祖父達が傾倒していた巨砲主義は、今は形を変えて健全なスポーツで活きて?いるのか?
その日は最後までヤツは姿を現せる事なく終わった。
「ありがとうCapt.また明日お願いします。」
キャプテンは冴えていない顔を最大限に笑顔に変えて手を振った。
その晩のビールは美味しかったかどうかは聞いていないが、コーヒーで済ませた私はコーヒーだけは旨かったように思えたが、気分は若干ブルーだった。
何をここまで来て考えているのか。
未来の日本人の言葉には「旅の恥はかき捨てよ。改め、旅の恥も持参しろ。」が適切なのではないだろうか。
クルーもプロの心は持ち合わせていて、客の不振に同じく浮かばれない表情で港を後にした。
しかし、我々はここで諦める訳にはいかなかった。
ああ大戦中でなくて良かった。
ご先祖様達はそこを死守するように言われていたのには、頭が下がるのであった。
彼ら英霊の躯の上を我々は踏み台にして経済大国にまでのし上がったのだろうか。
辛い過去からの脱出をして60年以上が経った我々の祖国は、2010年迷い人の集まり国家にも
見えてくるようになった。
その8へつづく
楽園の終焉 END OF PARADISE 2010-Ⅰ-8 ― 2018年10月27日 13:36
今年は、夏から急に秋になった気がします。
なけなしのお金で、ライトクラス用の竿の仕立てで打ち合わせに来られた方です。
「名前は、どういれましょうか?」
「将来うちの子が使いますから・・・。」
早々に目覚めるが、朝はホテルのナシゴレンにバリコーヒー。
相変わらず床が変わると寝られない大和人。
2杯ほどバリコーヒーを飲むと底に粉が溜まる。
これが3杯目となると泥が溜まったようになるのがちょっと辛いかも。
でもそのような事は気にしないのが現地風。
見た目にはとても濃いように感じるが飲んでみると案外あっさりとしているのだがそれは、アメリカのあのコーヒーの不味さより数段上の味がした。(アメリカのスタンダードなコーヒーの表現は薄い漢方薬?が適切な表現かもしれない。)
お米の味もそれはそれで美味しく、いい感じ。長粒米であるが私には気にならないばかりか、逆にこれがいいという仲間もいたほど。
日本のお米は、ものすごく美味しいと私は思うが日本の短粒米は、ある面特殊な部類に入ると思えた。
独特の香りと甘いテイスト。
そしてバリのコーヒーと朝のすがすがしさ。
これが日中も続いてくれれば良いのだが。
その果てに観えるものは・・・・何だろうか・・・・・。
この渋滞は、延々と続く。
もはや、ただのアジアの忙しい都市。
我々のチャーター車は、昨日と同じルートでバイクの混雑をかいくぐって、汚い港に向かう。
相変わらず我らは気合十分な感じ。
親父だけは、これを中途半端に流す。
車を降りてまたボートに向かう。
お粗末な浮桟橋。
そして、お決まりの飛散するゴミ。
バイクは半端ではない交通量とボリュームである。
その昔この浮桟橋程度で船酔いする後輩の釣り人がいたのを思い出し、彼の顔が目に浮かんでしまう。
船外機2機がけのエンジン音と波。
ゆらり揺られて目的地まで。
人の心も毎日揺さぶられてくたびれて。
都会の人ゴミにも悪酔いしそうになって。
渋谷の街も新宿の街も私には冷たく、釣具屋までも冷たい気がして。
さらに鼻持ちならぬエキスパート風の接客に更に疲れて。
東京駅のデパ地下で買い物してビジネス笑顔を頂く。
それでも笑顔は、笑顔である。
バリ人の笑顔は無理がないように感じるのはバリヒンドゥーの力なのか。
それでも彼らにも辛い現実はあるのであろう。
先鋒隊の射撃は、衰えるどころかブンブンと音を立ててポイントに。
執拗に攻め立てる。
ラインスラッグを巻き取って、ポッピング。
疑似餌は、ポカポカ、カポカポ、というよりは、早いテンポでストップアンドゴー、そのジャーク音と水飛沫を立てる。
後衛部隊は、幾分ゆったりと。
私は適当と・・。
H氏はひやひやと・・。
いつ吹くかも解らない気運との狭間に泳ぐ我々。
恐らくこのメンバーの中で最も活きた心地がしないであろうH氏。
彼は、私の一回り後輩にあたるが、キャプテンと同じく、最も「魚よ!出てくれ!」と心の叫びをシャウトしている人間であった。
しかし、彼の祈りや念願も虚しく、ルアーは打ちこんではまたボートに返ってくるのであった。
さらに、追い打ちの冗談を交えてH氏をさらに窮地に追い詰めて行く私であった。
時々ちらりと後輩Hの様子を偏光グラス越しに観てみるが、弥生人系の彼の表情は、水木しげる風のタッチのサラリーマンの顔になっていた。
その額から流れる汗は、暑さと冷や汗とこれは大変な辛さであろう。
彼のこころの乳酸値もややピーク気味であったろう。
私は、彼を慰める言葉もかけようとするがそれは、嫌みな親父トークにしか聞こえなかったのかもしれない。
先輩風など吹かす予定は、毛頭ないのであるが結果そのようになったのかもしれない。
しかし、 その事は未だ彼に聞いていない。
雨季の空。
蒸し暑い。
暑いと言っても仕方がない。
濁った水に浮かんだゴミ。
それにマングローブ林。
ボートはサービスでドリンクフリーと言うか込である。
クーラーボックスの選択枝は、ダノンの水かアメリカが開発した世界中にある炭酸飲料。
コーラかスプライト。
当然ながら、伊藤園はないし、サントリーも無い。
ポカリスウェットは輸入品で高価なので予算オーバー。
親父とW先生とでコーラを飲む。
一応H君にも渡す。
勿論砂糖大盛り入り。
そして、また我々は、執拗にドーナツ岩を攻める。
後方からのぞいてみると。














