南方回帰Ⅲ- 闇からの一撃 Fishing from rocks near the shore of the ocean-8 ― 2018年06月16日 13:49
-三日目の友人-
今日は新たなる友人が他の島からやって来た。
いつも陰でいろいろとお世話になっているその友人は、野神の友人、そのまた友人が私。
笑顔の絶えない島人である。
LEDがパナソニック製。
20ルーメン程度だが、それでもまだ明るいと感じた。
それから数年後はあり得ない明るさになる。
今や(2018)釣具屋サンでみかけるものは700ルーメンを超えるものがある。
親切で誠実なおじさんで先輩である。
西表出身で、島人と内地人のハーフということである。
島に来るたび、いつも助けられてきた我々にとっては、欠く事ができない恩人の彼であるがここで会うのは初めてのことであった。
友人Y氏はこの島が気に入ったみたいであった。
旧家の魅力はまた格別であるそうだ。
それは、誰にとっても懐かしき子供の頃の我が家にダブって映るのであろうか。
無論そのような屋敷で育ったものだけがそう思うのか、はたまたそうでなくてもなにか不思議な懐かしさがあると思う。
私は、この琉球の旧家を知らないのにも関わらず、なぜかそこが懐かしく感じるのであった。
良き流れと雰囲気が昭和の時代と言う同じ時空を過ごしてきた事は、同じなのであろう。
天井を眺めるとやはり、ヤモリがちらほらと視野に入り、時々糞が落ちて来る。
食べ物はやはり、上に昭和で言うところの、網をかぶせた方が良いかもしれない。
それに蚊帳の留め金が柱に付けてある。
のんびりとした空間。
島の持つゆとりと放つ空気。
多くの旅人が欲する時間とは、この時間のことであろうか。
Y氏は、せっせとリグ作りをする私の横で
「ああ、いいね、この屋敷。」
とお気に入りの様子。
日頃は忙しく日々を送っておられると言うY氏であったし、元々よ幼少の頃から高校まではこのような家の生活であったらしい。
「Yさん、今日はタマン釣りでもする?」
「いいねぇタマン、他には何が釣れる?」
「ミーバイやバラフエかな・・。」
「どれくらいあるの?」
「ピンキリですね、師匠も何度かミーバイとかにやられていましたよ。」
「全く止りません。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「今日は見学で・・・・・。」
「了解です。」
Y氏は元ボクサーで、小柄であるが昔とったなんとかは顕在そうである。
また、気さくで笑顔もとても似合う島人である。
Y氏と昨晩までの流れを伝え、今までにない、よい感触も伝えた。
Y氏は、少々疲れ気味。
それも もその筈で前日までかなりの強行軍だったらしい。
本日は「ゆっくりと御休みください」と言いたいところではあるが、そうは行かない、と思っている矢先の事だった。
南国と梅雨と言わんばかりに大雨。
ありきたりの表現で言わせて頂くならば、“バケツをひっくり返す”ほどの大雨。
雨また雨、スコールみたい。
そしてまた止み、また雨。
瓦を打つ音。
あっという間に島全体のすべてが濡れる。
昔はこの雨水を溜めて飲んだという。
酸性雨のことも気にならない時代。
屋内から外空を観るが、流れる雲と雲、間に太陽はない。
RYUSEI号に荷物をつぎ込み、期待と不安が隣合わせで同居するあの場所を目指す。
誰も、今日あるかもしれない真実を知らずに。
師匠と私、Y氏の3人にて準備をする。
しかし師匠の手に今日も竿はない。
差し詰め総監督という感じがぴったりのチーム。
決して息は悪くない。
1時間が経つ。
2時間が経つ。
そして3時間が過ぎ去り。
反応は全く無。
外道のアタリも無い。
何もない。
そして水平線の向こうに見える稲光。
また稲光。
どうも今一・・・なんてY氏がもらす。
そうだろう、あまりいい気はしないのは私も同じだ。
そして北の風がヒユーヒューと耳を切る。
「じゃあそろそろ野人と代わるから」
そう言うと相変わらず素早い身のこなしで監督は暗闇に消えていった。
その日は、閃光と風でついにドラグが悲鳴を上げることは無かった。
丸ボーズである。
いつも絶好調という訳には行かないのであった。
いつもいいとは限らない。
1夜にして状況の一変は、長い釣り人生には付き物であろう。
苦労して運んだ水も今日は半分も海に帰して少し身軽にするもこの日は、少し荷物が重かった。(心の荷物もあってか)
また明日がある。
見えない明日に希望を乗せるのだった。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://tukinoturisi.asablo.jp/blog/2018/06/16/8895517/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。

