Yellow fin in Tosa(黄色い聖地)08-7 ― 2018年01月29日 14:05
-実弾-
その快進撃が何時までも続くと言う事は、恐らくない。
そんな、現実が間もなくやって来るのか・・・できればその現実はやってきて欲しくはないのだが。
「いかん、弾が無い!」
もはや、撃つ弾が無い。
「もう4時か、そろそろ帰るか。」とCapt.
そう言うと、進路を丘にとり、3時間の上り潮を進みだした。
アッとゆう間にその現実になった。
船上にて20時間。
なかなかの良いショートトリップである。
疲れはあるものの、こんな疲れなら何度でも良い。
本日の成果は、236㎏程度の計上になった。
バラしや、ランディングの失敗の7本を入れれば400㎏以上になる計算である。
Capt.Nはまずまずの微笑のうちに梶を切る。
釣れないからいいともいう釣師の言葉を良く耳にするが、やはり釣れないよりは釣れたほうが良いのであると思う。
様々な経験から釣れない時があってこその釣れる時であるが、たかが釣り、されど釣り。
友人にお願いしたキハダの頭部は残念ながら写ってはいなかった。
アナログのリバーサルフィルムでの撮影だから致し方ない。
釣れない思い出よりも、あのときあの魚に出会ったという時の方が何時でも脳裏には優勢であることは、誰でも同じであろうかと思う。
多くの釣り人は、魚と出会った思い出を語るときには、眼は活きていて、逆では死んでいるように感じるのはその通り物語っているのかもしれない。
道求者には、まだ三つの頃の瀬戸内での小船でのハオコゼが忘れなれ無く、キュウセンやキスがまだ片隅で泳いでいる。
そのハココゼはカナコギとか言われ、私の目の前で粉砕されて
海にれっこされた。
多くの釣り師が健全で幸せな気持ちでいられるのは、その大洋が誰にでも平等で自然体であるからであろう。
そこには、差別も理由も貧富の差もなにもない。
全てを受け入れる海があった。
思いやりやおもてなしと言う事を失いつつある我が国の現状は、どの釣り雑誌にも記載されていない、三文紙ならば当然であるが何とも耐えがたい。
その理由は、おそらく"売れないから”であろう。
また求道がある限り、ひとは求め続けて、行き着く場所も分からずその日を迎えるのか。
天光丸とD先生
レギュラーサイズと共にこの日は弾切れにより、11本ほどで終わりを告げた。
たまには、こんな時もあるみたいだ。
黄色い聖地があるなら、そこへ行ってみたい。
二〇〇八年五月吉日
その8へつづく


