Yellow fin in Tosa(黄色い聖地)08-7 ― 2018年02月03日 10:41
-実弾-
その快進撃がいつまでも続くと言う事は、恐らくない。
そんな、現実が間もなくやって来るのか・・・できればその現実はやってきて欲しくはないのだが。
「いかん、弾が無い!」
もはや、撃つ弾が無い。
「もう4時か、そろそろ帰るか。」とCapt.
そう言うと、進路を丘にとり、3時間の上り潮を進みだした。
それは、アッとゆう間にその現実になった。
船上にて20時間。
なかなかの良いショートトリップである。
疲れはあるものの、こんな疲れなら何度でも良い。
本日の成果は、236㎏程度の計上になった。
バラしや、ランディングの失敗の7本を入れれば400㎏以上になる計算である。
Capt.Nはまずまずの微笑のうちに梶を切る。
釣れないからいいともいう釣師の言葉を良く耳にするが、やはり釣れないよりは釣れたほうが良いのであると思う。
様々な経験から釣れない時があってこその釣れる時であるが、たかが釣り、されど釣り。
友人にお願いしたキハダの頭部は残念ながら写ってはいなかった。
アナログのリバーサルフィルムでの撮影だから致し方ない。
釣れない思い出よりも、あのときあの魚に出会ったという時の方が何時でも脳裏には優勢であることは、誰でも同じであろうかと思う。
多くの釣り人は、魚と出会った思い出を語るときには、眼は活きていて、逆では死んでいるように感じるのはその通り物語っているのかもしれない。
道求者には、まだ三つの頃の瀬戸内での小船でのハオコゼが忘れなれ無く、キュウセンやキスがまだ片隅で泳いでいる。
そのハココゼはカナコギとか言われ、私の目の前で粉砕されて
海にれっこ(投棄)された。
多くの釣り師が健全で幸せな気持ちでいられるのは、その大洋が誰にでも平等で自然体であるからであろう。
そこには、差別も理由も貧富の差もなにもない。
全てを受け入れる海があった。
思いやりやおもてなしと言う事を失いつつある我が国の現状は、どの釣り雑誌にも記載されていない。
三文紙ならば当然であるが何とも耐え難い。
その理由は、おそらく"売れないから”であろう。
裏返しは、その対象の読者がそれを求めてはいないと言う事なのだろうか。
また求道がある限り、ひとは求め続けて、行き着く場所も分からずその日を迎えるのか。
短い旅は終わり、また次の旅までしばし待とう。
天光丸とD先生
レギュラーサイズと共にこの日は弾切れにより、11本ほどで終わりを告げた。
たまには、こんな時もあるみたいだ。
黄色い聖地があるなら、そこへ行ってみたい。
二〇〇八年五月吉日
その後、そのうち1本を持ち帰り
安芸の国の剥げ山団地にて、年老いた両親とささやかな食事をとる。
水温20℃程度ならキハダは、少しばかり脂が乗っていたので中落をネギトロにしてみた。
画像の刺身は頭の部分、3日目の熟成途中と記載したが、少々無様な画像故掲載しない事にした。
今回のタックル:2008年時点
Rod:MOON 661-TUNAP Turugi Conventional
Line:YAMATOYO BIGI80Lb
Reel:DAIWA Sealine900H(Made in Japan)
Hook:Gorilla 1/0
Rod:661-TUNAP-KVG(ケブラープロテクト)
Reel:Sealine20-2speed+Smoooth
drag
Hook:Gorilla 1/0
Rod:661-TUNAP-Commercial(職漁仕様)
Rod:510-FP5P samurai jigging
Reel:FIN-NOR OFR75
Rod:MOON 601-SU30 Katana Jigging
Reel:NEWELL533-5.5 Tuned
Yellow fin in Tosa(黄色い聖地)08-8 ― 2018年02月07日 16:37
ダイワ精工株式会社DAIWA
SEALINE20SLD 2Speed
当時のダイワ精工の技術の高さを証明する一つではあったが、何とも残念で極短命なリールだった。
これが日本製(呉熊野工場製)であったなら10万は下らなかったのではなかろうかと勝手に考えてみる。
惜しい。
とっても惜しい。
しかし、これでキハダ、バラ、イシナギと釣った。
旧ダイワ精工熊野製と思わしきオリジナルSEALINEHシリーズ(日本製)のアノダイズ=アルマイトはその点、強個なまでの耐久性でとても素晴らしかった。
この20のタイランド製は、デザインこそ良かったが角の焼き付けなのかなんなのか解らないが、アノダイズor塗装は直ぐに落ちてしまった。
スプールの腐食もかなり早く、関係者の話によれば、タイの水の影響もあるとか聞いた。
あっと思った時には、時既に遅しであった。
電蝕のスプール、本来強いとされるゴールドアノダイズだが。
しかし、とても残念な機種であった。
DAIWAの中でも最も売れなかったリールの1つだったのかもしれない。
その仕様頻度は900Hの方がはるかに高いのだが、こちらの方の表面劣化は著しい。特に剥げる筈もないところからもどんどん剥がれていった。
とっても残念なリールだった。
腐食した、スプールを新品に交換後を撮影。
中央のスプールだけが変に輝かしい。
オーバーホール途中の分解時。
ギアもステンレスが使ってあった。
とても残念なリールではあったが、お世話になったのも事実で、綺麗にして御倉入れにした。
DAIWA精工の技術の高さを証明しているのは間違いなさそうだ。
明日の為に、また日の出を見る機会もないかもしれないが。
ドラグ構造もちょっと複雑気味。
少しだがまだDAIWAスピリットを伺わせる。
かつてのDAIWA愛は今の私には、存在しないが、
それでも世界を代表していたのは事実だろう。
ダイワ精工永遠なれ。
2017年12月13日追記
南方回帰シリーズ ― 2018年02月26日 18:19
南方回帰シリーズ
このシリーズもお蔭さま?で二回、三回(ⅡⅢ)と突入する事ができました。
2018年2月時点で、そのⅤまで一応再編のひと段落を終えていますが、まだまだです。これだから素人は困ったものです。
まだまだ、誤字脱字も多く、自分ひとりでの限界を感じながらの編集ですので
何卒その点は、ご容赦くだされば幸いに思います。
そのⅠでも少し触れましたがこのシリーズも初めて先輩の野人(F氏)よりK師匠の話を聞いた92年から随分と時が過ぎた。それからの構想から既に20年以上が経過していました。何とも人生はとても短いものです。あっという間に体の不調をしばしば理由に、自らを過酷な域にもって行けなくなった気がします。
なんとも言い訳ばかりの仕方のない親父です。
よく、ボート、船とか、磯の方が上とか下とか堤防とか砂浜なら云々とか、人は皆区別を付けて、他を認めたくない傾向が強い人も多いのかもしれません。性分なのか、否定できない私達であると思える事もしばしばです。それがどうしてそうなるのかは、私には良く解りませんが、他の事もそうですが、趣味の中での優劣を決めてしまう事で、ある程度の差別化を求めているのかもしれません。
しかしながら、同じ趣味と言う気持ちや体験が共有できたらそれがベストであるように思えてきます。
何処の世界にも、素晴らしい世界や境地、到達点が必ずあると思います。
人は、それをまた馬鹿なおひとよしが考える机上の空論、理想であると言います。
そんな事を感じながら、あの磯に立つ恐怖と戦う自分がまだ少しだけある気もします。のんびりとか、肩の力を抜いてとか平和な釣りなどできないものかと思うこの頃です。
それでは、また前置きが長くなりそうなので、そのⅡとⅢに入りたいと思います。
駄文ではありますが、お付き合いの程宜しくお願い致します。
南方回帰ⅡⅢへとつづく










