楽園の終焉Ⅲ-4 ― 2021年04月08日 17:49
-闇夜の怪物-
でもはやり怪魚ハンターとは呼べない ものな
のかな・・・・・・・・・・
腹部は、白いものや、ブチのもの個体差は大きいがこの個体の腹部は、かなり綺麗な白だった。
631-UM100-4XP
5/8ozをフルキャストすると掛かった
ホテル敷地内から撮影する
既にホテルは4つ星までランクを上げてもらったが庶民風情には、全く贅沢な話である
パンダは怪物に喰われるのか
恐るべき怪物のように思える表現は、現代には安易に多く使われる。
しかしそれは、本当の怪物では無く、自然に存在する希少性がある特異な生物と言う言葉のほうが正しい表現なのかもしれない。
言葉の一人歩きは、やがてそれ自体が怪物と化す・・・恐ろしい。極ありふれた在来種であっても勝手に言葉遊びに替えられることもあるらしい。
子供から大人まで可能と思わしきローカルな遊び(釣り)の一つに、擬似餌釣りなどと言うものを多少たしなんでみる。昨今世知辛いと一言で表現するには、複雑に絡まり合って、あまりにも人間の個人主義の蔓延とそれにまとわり附く寄生の様な怪物がおんぶにだっこをしている感がある。多様化多様文化などと言う言葉のオプションまでくっついた反秩序道徳倫理がそれを覆うのだろうか。それならそうと、極力その勢力や力が及びにくいと思われる、釣り場と釣りを選んでみるがそれも少しずつ難しくなってきた。
631-UM100-4XP 師匠の晩年の設計ブランク
まさかこれが、最後になろうとは思いもよらなかった
SILVERにWHITE、グリーン、ゴールドのコンビネーション
それにダブルラップを加えてあるALPS社のトリガーシートは、当時としてはまだ珍しかった
同じ631-UM100-4XPを駿河湾で使用する
水深は120mラインを攻める
嘗ての90年代は、ほぼ入れ食いで超と名の付く大型が釣れたが今は殆どが20㎏以下でしかも渋い時が多くなった。
何度ながしても、10㎏前後の小型が多くなった。バラムツが絞り込んで行く
同じ竿でナマズ時々バラ釣りを楽しむ
深海では、ネズレはないので船に擦る以外は、その心配はないが、ラインは400mを巻く
1997年から通った船長も高齢になってしまった
昭和の水揚げが許可されていた時代沼津の主力魚だった
普通に食されていたが現在は商用取引禁止である
親父さんは、漁で鍛えてほぼポイントを掌握している
問題は、後継者不足にある
それほどまでに、釣り場もそれに纏わる釣り業界なるものもネタが無いという事であろうか。それは、マイナスに(負の遺産)が加算されていると言う事なのであろうか。
釣りに纏わる産業界は、ネタ無さを無理やり有にする事にして、それが起爆剤になったりするが、それも長年持たないのが今の特徴であるとも言えようか。インスタントフィッシングが主流なので、安、近、短はもはや常識となってしまった感も否めない。それに更に加えて、即結果に結び附く事も要求されるようになったのではなかろうか・・とも考える。それとも、我が国が抱える人口の減少化をひたすら待ち続けるのが得策なのだろうか・・・・。
それは(その釣りは)、ポコポコとポップ音を立てる不思議な疑似餌。プラスチック製の小さなトノサマガエル大の大きさ。LUREなるものを使う。所謂、古い言葉で言うところの、西洋文化の疑似餌釣り。その疑似餌が、 自分の方にゆっくりと向って来ては、またその水面に飛ばされて空しく落ちて行く。
そのような釣り。
楽園の終焉Ⅲ-5 ― 2021年04月12日 16:48
少しばかり雲と風のある月夜のこと。
月明りがぼんやりと地面を照らしかたと思うとまた、流れる雲が被さって辺りを暗くする。風に乗ってその雲がゆっくりと月を隠すと周りのトーンは更に闇に近くなり、また辺りを少しずつ明るくして行く。
辺りには、私以外に誰もいない夜。
聞こえるのは吹き抜ける風と、それに靡く小枝の音。
川の流れる音。
落ち込みが水を打つ音。
少しばかり蛙が鳴いているが、それも川の流れと一緒に聞こえてくるのは、何時もの事なのかもしれない。
足元の草むらをブーツ越しに踏むとその前には、7cm~8cmくらいのダルマガエルが鎮座していた。話によると、今では彼らも絶滅危惧種らしい。昭和の40年代は、田んぼにわんさかいたのだが。
そんな、蛙の風情の夜の事。
そのプラスチックの疑似餌塊は、またポコポコと音を立てて自分の方に向かってくる。それを何度も何度も少しずつパターンは換えてみるものの、基本は投げては引きの繰り返しである。時折竿先でイレギュラーに動かしてみたり、水の流れや変化に合わせてその巻き取りスピートを変えてみたりと余暇の入り口で右往左往する気分。
"人生もそんな感じなのかな。"
何も悟っていないのに、そのような悟った気分を自分自身で審判してしまう自分。
何の変化もないまま、ルアーなるものは手前に寄って来てはまた、それをその先にある流れの奥にくれてやる。
奥。
その奥の奥に。
そのまた奥だよ。
きっとさらにその奥には、幸せと言う何かがあるのかもしれないのに。
楽園があるかもしれないのに。
あなたは、また諦めてしまうのですね。
その自然空間の間に聞こえる機械音と言えば、‟カチィッ”と言うリールのクラッチを切る僅かな音と、竿が風を切る音の後を追って唸りをあげるリールスプールの逆転音。
そしてまたリールのハンドルを回すとクラッチが跳ね上がる音。
ああ、自然の音と小さな機械の音。
なんて夜なのであろうか。
本日のここは、少しばかり寂しい感じもするが、いや寂しいのであるが、それが独りの静寂となるとそれはそれで良いのかも知れない。
何も特段楽しむ事などなく、今晩も終わりそうであるがそれでもまた投げてみる。シューンというリールのスプール回転音と共にまたルアーが着水する。その投げられている、大陸製のプラスチック疑似餌は、1920年代の米国でその形が既に形成されていたらしく、そのような時代にこのような遊び道具を作った米国人には少しばかり羨ましい気もしてみる。勿論生まれてもいないのですがね。
その頃は、私の祖母がまだ生まれたばかりの頃。我が国には、そのような遊びがあまり無かったであろう時代である。その後、半世紀以上もマイナーチェンジを繰り返してきて2014年までの今では、遂に生産国まで変わって当たり前になってしまったが、それでも世界中にその愛用者がいると言う事はもの凄い事のように思える。一遊び道具の疑似餌としては、驚異的なロングセラーである事は間違いないらしい。多少どころか手抜きだらけのその大陸疑似餌は、それでもその究極的なフォルムと動きに魅了されてしまうのである。それは、もう大分過去の中学生の頃になるが、思わずそれを生産している米国本社に手紙を書いてカタログを送ってもらった事がある。その手紙は、汚い筆記体で書いた英文で出してみた。
何処にも暖かい気持ちの人は居るらしく、 暫くしてから、エアメールでカタログが届いた。
※画像カット
何もかもがオリジナルのFred Arbogast 1982 年のカタログ表紙
2018年から逆算したら36年も前の話になる。
とても楽しかった時間だった。
1982年の事だったかと記憶している。
もの凄くそれが嬉しかった。
日本には、このようなルアーは、まだ無かった。
※画像カット
驚くほどのサイズとカラー展開だった。
米国の市場の大きさに更に驚いた。
まだまだネット環境などとはほど遠い何十年も前の話。その頃は、その製品がまだUSA製であった。
※画像カット
一番、欲しかったのが鳥のカラーだったが、鳥を魚が本当に襲うのかと信じがたかった頃
たった一つ残っていた1981年頃購入したジョイントタイプ。この頃は、BOX入りでUSA製であった。
様々な雑念の心中とは裏腹に、そいつはテキパキと音を出しながら迫ってくる。
"今回も何もないのかな?"
と思いつつも、竿先をトントン、ツンツンと動かしてみる。ルアーが僅か1秒かそれ以下なのか一瞬止まって見えたり動いたり。その時、水面を大きく割って水飛沫があがる。
そして・・・・。
バフン!!と言う異音!
と同時に水飛沫が舞う。
シブキが正に小さな光の粒みたいにはじけ飛んで行くようだ。
疑似餌が弾き飛ばされて、また横たわってそこに浮かんでいる。
"ああ!!"
"でた!!"
闇夜のプレデターとはあいつの事ではないかな・・・。
怪物風ではあるが、怪物ではないなぁ。あくせくとした都会の風がとても近く感じるが、闇夜のハンターが野生をあげる。
空気音と水のはじける咆哮が、己の闇の鬱陶しいこころと共に咆哮を上げる。
怒りにも似た咆哮。
風の匂いと血の匂いがする。
上げろ。
挙げろ。
雄叫びを!
咆哮を!
それも一瞬。
何度も何度も吠え続けろ。
咆哮と咆哮の狭間。
闇の中の光。
それも一瞬。
それは蛍の光の様に儚いのか。
幻想なのか。
幻覚なのか。
単なる夢なのか。
その後、同じ場所に何度も打ちこんで、送りこんではみる。
がしかし、再び竿が曲がる事は無かった。
一瞬の出来事に、眠る獅子の咆哮が上がる。
目覚めるのか、そうでないのか。
そしてまた、静寂。
静寂の中でまた静寂が訪れる。
その闇に舞うホタルをみつける。そのホタルが、疑似餌に付いているケミホタル(人工発光体の商品名)に寄り添ってこようとする。
それを暫く観てみる。仲間と勘違いなのか?とも思える動きをするのか。
‟へぇ~これは面白い“
最初にそれに気が付いたのは、うちの末っ子であった。まさかと思って観ていたがそれは、本当だった(本当のように見える)。自然の発光体と人工の発光体が何故だが、上手くリズムを取ろうとしているのには少しばかり心が緩くなった。竿先からぶら下がった疑似餌についているケミホタルを左右に動かしてみるが一匹のホタルがそれに連動して附いてくるではないか。
いと面白きかな・・。
楽園の終焉Ⅲ-6 ― 2021年04月20日 15:43
1982年当時のオリジナルカップ
現行モデルには記載されていない
そのような2013年の夏を独りかまたは、末っ子と二人で時々遊んでみた。たまに60cmをはるかに超えるサイズのヤツは、堂々とした風格を備えていた。
アブマチックで遊ぶが、65㎝前後のナマズ
これ以上のサイズは、なかなか釣れなかったがそれでも何本かはこれを超えていた
浪人鯵症候群の刺激がシナプスを伝わりそして直ぐに終息する。
一刀両断の勢い。
そしてまた、現実な夏の夜。
蒸し暑く、辛く、余裕と言う言葉すら失う夏であった。
怪魚の夏は過ぎ去り、闇夜の小さな怪物釣り・・というのが適切なのでしょうかね。昨今は。ただの野生の魚なのですがね。わずか60cm程度の小さな魚類にもその息遣いは、心が痺れるような生を時々ではあるが見せてはくれた。
振り回されて候。
"釣りとはなんなのでしょうね。"
ひとりごと。
その独りごとの後ろで、子供がLEDライトの光を当てて何やら観察している。それは、無数の水中のエビ、稚魚達だった。それらを彼が観察し始めたら本日は、終了となるサインである。
‟夏の遊びも、夏休みも終わりだな“
小学生最後の夏休みとなった末っ子も何匹が釣ると終盤には、すっかり飽きてしまった。
そんな、とある終盤戦の日の出来事だったが、バスを狙いたいとの彼のリクエストでそこに行ってみた。ワームに小さなコバスが反応するのみで日が暮れてしまった。それならばどするかと彼がいつものバスタックル5'6''fに6Lbナイロンラインそして、リーダーも取ることなく、いつものあのポコポコルアーを付けてみた。ちょっと細めのナイロンだけれども獲れるだろう。おそらく。
そのロッドは、故人で同郷の先輩から頂いたグラスの2pcsブランクだった。彼が小学2年生の頃から使っているもの。しかしそのブランクは、30年以上も前のものであるらしい。私がK先生から頂いたものだった。
数投目、白波の間に僅かに飛沫らしきもの。
"魚だ!"
その道具に掛かった奴は少し大きめらしかった。
その竿が元から曲がっていて、糸が吐き出されて行く。
こいつは、どうも 歯が立たないみたいだ。
彼が、もたもたするうちに根に入られてしまった。
珍しいな。
それならと息子から竿を取ると、強引に引っ張った後少し緩めてみた。奴は、動きだした。時々首を振って抵抗している様子。
首を振る度毎に、竿元がおじぎしては、リールからチッチ、と音が出る。
「おぉ!・・寄ってきた。」
そのラインの限界と思わしきテンションで、何度かショートポンプで間合いを詰めてやると・・・・。
「ああ僕に貸してよ!」と堪りかねた子供からのクレーム。
それを息子に渡してやった。彼が掛けた魚なので当然と言えば当然なのだが。
「もっとゆっくりと竿を起こして、ショートポンプで寄せて。」
「そうそう、今度は寝かせて寄せろ。」
リールスプールが逆転して糸が出て行った。
「おお!ドラグでてるな。」
それでも魚は少しずつ寄って来た。
「おおっ!これは60をこえてるなぁ。」
細いラインゆえ、強引にずりあげるとラインが切れそうである。
それならばと、ランディングを買って出る。そいつは、軽く60cmは超えていた。62~65cmと言ったところ。直結なので無理は効かなく、ルアーを何度か掴んで魚の胴を掴もうとした時、クネクネとその身をくねらせて手を振り払おうとする。
そして・・・次の瞬間、 あっさりと切れてしまった。
奴が首を振った時にグローブに針がひっかかり魚は外れてラインも外れたが、糸の切れたルアーがグローブに引っかかっていた。
「・・・・・。」
ランディング失敗。
お恥ずかしい。
なんともお恥ずかしい夜であった。
「さあ、帰ろうか。」
「うん。」
それだけであった。
彼からのクレームはない。
その以降、秋までに目標の70㎝には少し届かなかったが、なかなか目標を掲げると案外それに向かっては進んでいるが結果が即出るとは限らないのである。そのような小さな遊びの目標でさえ、到達する事は容易では無いのに、人生の目標となると正に掴みどころの無い雲の上にあるのかも知れないと思っても見た。秋が終わろうとしていた。
半袖の時期もとっくに終わろうとしていた。そのような怪魚ハンターもどきな親子の夜が過ぎ去って行った。普通の硬骨魚類なのに、怪の文字が今流行らしいけれど・・・。
地方の河川には、まだまだ70cmを超えるものが釣れるらしいと後で聞いたが、ここでは少し難しい感じがしたのであった。
その7(都会の中のあんみつ)へつづく
楽園の終焉Ⅲ-7 ― 2021年04月23日 16:36
-都会の中のあんみつ-
それぞれ鯰遊び用に製作した月竿
良くある言葉に“都会のオアシス”と言う事がある。
それは、人によって様々であるがこのあんみつはオアシスにあたるのではないか?
1982年の新発売だったTIPCY
発売と同時に購入した
短命はルアーだったように記憶しているがそれさえ定かではない
それでも宝物には違いなかった
その弾数はおおくないかとおもう
フラダンサー
これも息の長い名品だったように思う
同時期に購入したもの
早春の頃我々は、首都で会合を持ち、夏の終わり頃また東京で、NINJA君と遠征のスケジュール等の中間報告を聞いた。
釣りの本質の内容は変わらないのだけれども。
変わるのは、人の事情だけ。(これが案外厄介です)
いろいろと検討後、その結果皆さんの都合もあって今年は、12月と決めた。これで最終決定である。
またあの、灼熱の洗礼が待っているのだな。(勿論、あいつが針に掛かったら、の話・・・ですがね)
それも良い事なのか、そうでないのかさえも吟味する事も無しにどんどんレールは先に敷かれるのであった。(まあ、その吟味する必要もないのですが)それは、大陸横断を目指して先人が成してきたかのように。そのレールが敷かれてからは、急に特急列車のように時が過ぎていった。
青春18きっぷで行く旅はもう私にはないのであろう。
半年と言うのは、短い人生の更に短い一瞬なのだろう。
結局二人の頭に残ったのは、打ち合わせ内容ではなく、その時初めて御馳走になった某有名店のあんみつの完成度の高さだった。これには本当に恐れ入った。「感服しました」とはこの事なのでしょうか。NINJA君も、相当びっくりしていた。この小さな器の中の端にある薄っぺらい寒天か、ゼリーのかけらさえ一切の妥協はないと言わんばかりに伝わった筈であった。
NINJAと未だにその日の話をするのだが、遠征云々と言う話ではなく、あのあんみつの完璧さだけが脳裏に焼き付いているのであった。
一体このおっさんと若いおじさん両名の重要さのウエイトは、仕事や浪人鯵云々よりも“あんみつ”なのだろうか。いい歳をした、親父2人とご品格のある紳士の三人揃って仲良くあんみつ。
親父達には、30㎏でも40㎏でも50㎏レコードの話ではなく、このあんみつ。一体浪人鯵のあの牙の話はどこへ行ったのだろうか。
それは、秋から冬への訪れをこの東京で感じた時であった。
植樹の葉が枯れて落ちて来た。
それはアスファルトやコンクリの上に落ちて行き場を失い、風に乗せられてカサカサと音がした気がしたが、それも車の通行する音や雑踏でかき消されて行った。
夢や理想も同じ様にかき消されて行く気がした。
その前の希望さえも消されて行く気がした。
秋は、そのような時期でもある。
NINJA君と二人で歩くと寒さがそろそろ身に感じ始めた。それには、秋の終わりなのに真冬の格好で現れたNINJA君にも問題があるのかもしれない。
楽園の終焉Ⅲ-8 ― 2021年04月27日 17:18
今でもとても残念に思います。またみんなで食べれる日がくるといいのですが。
早春の頃我々は、首都で会合を持ち、夏の終わり頃また東京で、NINJA君と遠征のスケジュール等の中間報告を聞いた。
釣りの本質の内容は変わらないのだけれども。
変わるのは、人の事情だけ。(これが案外厄介です)
いろいろと検討後、その結果皆さんの都合もあって今年は、12月と決めた。これで最終決定である。
またあの、灼熱の洗礼が待っているのだな。(勿論、あいつが針に掛かったら、の話・・・ですがね)
それも良い事なのか、そうでないのかさえも吟味する事も無しにどんどんレールは先に敷かれるのであった。(まあ、その吟味する必要もないのですが)それは、大陸横断を目指して先人が成してきたかのように。そのレールが敷かれてからは、急に特急列車のように時が過ぎていった。
青春18きっぷで行く旅はもう私にはないのであろう。
半年と言うのは、短い人生の更に短い一瞬なのだろう。
結局二人の頭に残ったのは、打ち合わせ内容ではなく、その時初めて御馳走になった某有名店のあんみつの完成度の高さだった。これには本当に恐れ入った。「感服しました」とはこの事なのでしょうか。NINJA君も、相当びっくりしていた。この小さな器の中の端にある薄っぺらい寒天か、ゼリーのかけらさえ一切の妥協はないと言わんばかりに伝わった筈であった。お抹茶とあんみつのセットの最終完了型?なのか?とも思える二人だった。(先生は当たり前のようでしたが)
NINJAと未だにその日の話をするのだが、遠征云々と言う話ではなく、あの‟あんみつ“の完璧さだけが脳裏に焼き付いているのであった。
一体このおっさんと若いおじさん両名の重要さのウエイトは、仕事や浪人鯵云々よりも“あんみつ”なのだろうか。いい歳をした、親父2人とご品格のある紳士の三人揃って仲良くあんみつ。
親父達には、30㎏でも40㎏でも50㎏レコードの話ではなく、このあんみつ。一体浪人鯵のあの牙の話はどこへ行ったのだろうか。
それは、秋から冬への訪れをこの東京で感じた時であった。
植樹の葉が枯れて落ちて来た。
それはアスファルトやコンクリの上に落ちて行き場を失い、風に乗せられてカサカサと音がした気がしたが、それも車の通行する音や雑踏でかき消されて行った。
夢や理想も同じ様にかき消されて行く気がした。
その前の希望さえも消されて行く気がした。
秋は、そのような時期でもある。
NINJA君と二人で歩くと寒さがそろそろ身に感じ始めた。それには、秋の終わりなのに真冬の格好で現れたNINJA君にも問題があるのかもしれない。いや、問題だろう。





















