楽園の終焉-小楽園の幸福2011-102020年08月23日 18:04

暑い、暑いといっても9月が訪れようとしています。連日35℃超えとなるともう力もでませんね。
そんな今日23日は、曇りで30℃を切っていました。秋が近く感じます。
庭で今年2匹目のトゲナナフシを見つけて撮影してみました。

トゲナナフシ1


トゲナナフシ2


トゲナナフシ3
こいつがなかなか面白いやつで、脚を上げされるとそのままの姿勢を保ちます。ちょっと悪いなあとはおもいつつ、脚を1本、2本、そして3本と上げさせると、ぷるぷるいわせながらも必死でその姿勢を保とうとする懸命な姿が何とも笑えました。そのごすぐリリース。ナナフシさんすみませんでした。

-コピ・ルアク-

Kopi Luwak

珈琲の箱

昨今の我が国の食事情は、恐らく世界でもトップクラスなのは誰も否定し難い事実であろう。しかも200国中ベスト5でも恐らくさらに上位に値すると思われる。世界には富豪やミリオネア(リールじゃあないですよ)と言われる人々も多く存在するもので彼らにとっては別段それをいちいち取り立てて言うまでもないのだがついつい口にしてしまう。

 バリのコーヒー事情も他の生産国と同じく最高級と言われる豆を使ったコーヒーを飲む機会は、恐らくある特定の人々以外には、彼らの一生の中でも殆ど無い。もちろんその中でも、毎日そのルアックの豆を扱う農園に従事している労働者でさえ、生産こそすれども試飲する機会さえ殆どないのではなかろうか。
 このマレージァコウネコと呼ばれる動物の糞から作られたコーヒーのイメージは、最初にTVで見た時とても違和感を覚えて、ゲストが変なリアクションをしていたが、その後口に運んだあとは一転。TVを本気であまり見る事もないが、それは後に事実である事を知った。
 今ここのテーブルの上に置かれているカップにはなみなみと注がれている。
今日で豆も消費しつくしてしまった。恐らくこれを日本で買う事は無いだろう。
日本での価格は、庶民にとっては驚愕の値段となっているからである。
 なんでも嗜好品と言われるものは、ピンキリであろうがコーヒーもそのひとつであろうかと思うことしばしば。糞から得た最上級というのを最初は一体だれが試したのであろうか?最後の一杯はとても美味しかったが、再び訪れないかぎりこのコーヒーに出会う事はおそらくない。
鼻から抜ける香りと舌の上にある旨味とが上手く絡みあって、至福の時を迎えるが喉元を過ぎて胃に入って暫くすると、飲みすぎのせいか今度は、胃の中から不快感が続くのであった。例えそれが23個のクルミと同時に味わってみても。
飲みすぎにご用心。

珈琲箱裏


 コーヒー事情は、さらに本来あまり飲む事が無かった中国の消費の拡大でマグロと同じく価格は高騰の方向に進んでいるみたいだ。
すべて幸せとはいかないものだ。
その後得た情報では、ルワックを飼いならしてひたすら豆を食べさせてその糞を回収するのが今のスタンダードらしかった。そう、天然の糞だけを集める事などそう容易くはないし、あっても私などには永遠に買う事が出来ないかもしれない。
 何処にも商売人はいるものだ。
こうなると次に想像したのがフォアグラを作る為のあの光景。
そこまでとは思いたくないが。

脂肪肝料理はとてつもなく美味しいそうだが、それを食べ過ぎると自分も脂肪肝になりそうだ。人間の勝手とは、このようなものだ。
スーパーに並ぶチリ銀もその産物には違いない。そのチリ銀もかつては三陸で多く養殖されていた。今は、チリに取って代わられた。
 そのコストパフォーマンスによってその地位を不動にしていったチリ銀は、もはやスーパーの鮮魚コーナーのメインになりつつある。
 無くなったバリコーヒーで旅の思い出もすべて飲み干してしまった。
またいつの日か、この南国を訪れたい。

そこにいつか楽園があるのならば。

我が国が忘れてしまった楽園。

親鸞聖人は、どんな極楽浄土をその胸に抱いていたのだろうか?

倉田百三の“出家とその弟子”に書いてあったかな。

もう読んだのは29年前の夏。

現実は、極楽浄土も楽園も、理想郷もほど遠いように感じた。

鵜原理想郷は車で20分もしないところにあるのだが。

楽園もその先にあって欲しい。

レンボンガン島の浜を

2012年3月10日
最後のルアックコーヒーを飲みほして

その11おまけへつづく

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