南方回帰Ⅳ-影と闇と残光2014-15 ― 2023年06月14日 17:38
反省会と言う名の小さな宴会
イソマグロとヨコシマクロダイの刺身
イソマグロはほぼこの鮮度が釣人では難しい
ヨコシマクロダイは、初めて食したがこれが絶品だった
仲間と酌み交わした酒とあるが、酌み交わしたのはオリオンとサンピンだった。しかしながら、その気持ちと心は変わらない。これほど良い時間は、短い人生にとってそう多くはないのではないか。孤独と仲間どっちを取るかといえば、間違いなく仲間である。恐らくそれは大半の人がそうだと思うのだが。極稀に孤独がいい人もいるのかもしれない。
その後に交わした会話は、当然ドラグ値のプリセットのことだった。
Y監督は、この状況が全く理解できていなかったが、やり取りさえ満足にできないまま糸が切れた事だけはしっかりと認識していた。
「それじゃ、とれないよ。」
「全く獲れる気がしないねぇ。」
と、いやごもっとも。最もやってはいけない事の代表格をやってしまったのだからなんの言い訳も成り立たないのは、専務自身が良く知っていた。その後、確認、議論及び反省会を執り行ったのは当然の事でもあり、自然な事でもあったようだ。
それは、翌日の昼間だったのだが、改めて確認したところ・・・。
“ドラグをFULLポジションに上げたのか?”
と言う質問に対して、なんと上げていなかったと言う事であった。
何故上げなかったのかと言う事に対して専務は、フルポジション=ロックと勘違いしていた事をその時始めて知ったのであった。
なんと、そこに穴があったか・・・。私もそこを反省した。
そこまで彼には説明していなかったからである。
FULL=LOCKではない。また昨今の和製英語のフルロックは、ちょっとおかしい表現になろうかと思う。
この事が、仇になったとは。
あの2~3㎏のドラグテンションであれば、FULLに上げたとしても1㎏上がるかどうかだったと思うのだが、 それが仮に1㎏でも上がっていれば、止まったかも?知れない。仮にそうだとしても、獲れると言う保障は全く無かったが、プラススプール横をグローブで押えていれば何とかなったかもしれない。
そこで、デモ、シカは禁句なのだがどうしても言ってしまう。
「そこで一旦止まっていれば、プリセットし直せたかも?」
などと話してみても、それは全て後の祭りである。そもそも、ドラグが何故緩んでいたのか?と言う疑問が最初に生じるのだが、その点が今回の最大の失敗であったのは言うまでもない。
これは、そもそも釣り始める前にレバーのストライクポジションでのドラグ値を確認し怠ったのがそもそもの原因である。後の祭りとはこのことであるが仕方がない。
後の後悔先に立たず。
そのどれをとっても当てはまる。
私も専務への確認を怠ったのも敗因の一つでもある。確認は、大事だと再認識した。
ここで更にY監督の手厳しいご指導が、いっそ怖くなったのである。
それからもY監督の痛い恐怖指導が続くのであった。
Y監督から差し入れの野菜ジュースを頂きながらのご指導だった。
さて、お昼ご飯となった。その日は、Yコーチ改め、監督、専務、私の3人でと先日釣ったイソンボのお造りと、タマンの薄造り、イソンボ腹身の炙り少々、煮付け少々と島おにぎり、さんぴん茶と専務はオリオンビール。
ささやかであるが、島のごちそうだった。おにぎりには、伝統?のスパムが挟まれている。
そして、時々、監督の厳しいご意見がまたとうとうと続くのである。
イソンボのハラミ
この状態のイソマグロハラミはなかなかお目にかかれない
質素だが楽しい宴会、いや反省会。
さてさて、野人の捌いてくれたイソンボの腹身は、私の予想よりも遥かに身が硬かった。あと1日寝かせなければ味の濃さもまだまだと言う感じだった。そう言えば20年前、F先生と島のすし屋で食べたあの握りは一体なんだったんだろう。口の中でぐしゃりと潰れてしまうあの味気ないネタを思い出した。Y監督に5年前、御馳走になった定食のマグロの味噌和えはなんだったのだろう。それと同じ魚には、思えなかった程に鮮度は保たれていた。
あとは、どれだけ上手に熟成出来るかなのだが。
そのような小宴会場での時の流れは止まったようにも感じられたが、止まってはいなかった。
ここにも壁掛け時計がしっかりと時を刻んでいたのであるから・・・・。
小宴会も早々、後片付けをする。
ハラミの部分
大トロなどという表現とは程遠いが最下部の脂肪に見えるのは結合組織なのかとても硬い
火を入れてみるがこれがなかなかでキャキシャキな歯ごたえだった
反省会後、それから、釣具の準備にとりかかった。
本日の専務はと言うと、仕掛け総入れ替えとなった。一気に、道糸と仕掛けを失って非常に忙しそうにも見えた。対して、私の方は、バラフエの5㎏強くらいのを1本釣っただけでそう慌てる事も無かったが、コブシメのイジメには逢ってしまいワイロンは、ボロボロだった。ワイロンは被膜とソフトさが命であるから、そのどちらかが欠けてもNGである。ワイロンの欠点は、そこにある。
風は一気に北に代わり、気温がぐっと下がっていった。島は、一気に真冬になった。半袖では、とても寒くなって来たので長袖と上着を着る。更に風も雨も強くなった。時折その雨足は、屋根を打ちつけて来る。
それが我々を不安にさせた。
それでも北であるから、師匠はポイントへは問題ないと言ったので若干安心した。
“そうだ、冬はこの感じの釣りだったな”
いつものように現場に向かい車を降りると案の定、風はものすごかった。そして予報通り、一気に寒くなっていた。
歩く工程は、その風により倍の辛さがあった。汗よりも、荷物の上に強風で吹き飛ばされそうな感じだった。ビュービューと強風が我々に容赦なく吹き付けたが、それでも最後と移動を始めた。これは辛い。専務も監督も風が凄いし、雨が酷いなんて言うものの落ち着いたものだった。崖から見下ろすと、荒れ模様の海上でこの急な天候の変化に果たして魚が掛かるのかと言う不安も少しずつ出始めた。がそれはいつものこと、我々に明日と言う日は無いのはわかっている。泣いても笑っても最終日には変わりないのである。
北風のフォローもあって仕掛けは良く飛んでくれるし、バックラッシュの心配も殆ど無かったが、磯に立つ我々には過酷な環境であった。今回の遠征では、もう必要ないと思っていた長袖を着こみ、風雨対策にと予備に積んできた、レインギアの上下を取り出した。流石に今日は、防寒具もフル稼働で、役にたったと同時にここの準備を怠らなくて良かったと思った。万が一に備えて持参するのは、アウトドアスポーツには鉄則である。今日は、その備えの有り難さを実感する事となった。
吹きつける北風。
体を吹きぬけては、体温を奪って行く。
そして、追い打ちの雨。
よこなぶり。
体感温度はかなり低く感じた。
フードまで被っての本日となった。
実弾も底をついてきたので、まずはコバンくんを始めとした、ベイトの確保から入った。そのような状況1時間が過ぎると、体力もかなり落ちて行った。
体温が奪われる。
そこで、冷やしておいた水をクーラーボックス外に出し、その水温を上げた。
こんな日に冷水は、更に体温を奪うのでNGである。
雨の合間を縫って、菓子パンを齧って体力を補おうとした。
それから2時間が過ぎても、反応は全く無かった。
とても辛くなってはきたものの、まだ諦めてはいない。
監督が、崖を上がって風の様子を見に行った。
暫くすると
「おお、凄い風だよ!」
「吹き飛ばされそうだ!」
そう言うと、何やら歌など謳われている様子だった。
月が雲に覆われて隠れていた。
雲と雲の間に僅かに出てはまた隠れた。
光と光の狭間。
闇の中の闇と雲。
心も闇の中。
光は何処に見えるのか。
闇の月
BLACK MOON
ブラックムーン。
黒い心と闇と鬱。
光と希望。
それが交互に映って行く。
流石に3時間。
この風雨に晒されて、体力も更に低下して行った。それでも私と専務は、希望を捨てることは出来ずに最後の望みにかけた。
万が一の餌不足対策として、コバンアジを確保する。ことのほか、こいつの皮はものすごく硬かった。カットゴリラ針でさえ、ある程度貫通させるのに力を要したのには少しびっくりした。更に潮止まりともなると、このような状況でもコブシメのバイトは、何度もあった。彼らは、どれだけ餌に執着するのか。
4時間が過ぎて、更に希望が薄らいできた。
全く持って本命の反応はない。
開始から6時間が過ぎた頃のこと。
専務に待望の反応があった。
「なんか、怪しい反応だなぁ。」
「また、外道かな・・・・。」
専務は、完全に気を抜いていた。
その言葉を聞いて、一先ずテンションを下げた私ではあったが少し気になった。
「判らんよ、ちょっと寄せて合わせてみたら?」
専務は、それを聞いて、次のアタリでその如くに合わせを入れてみた。
13.6fを1回煽り、二回目の追い合わせを入れた。
するとそいつは、一気に沖を目指して勢い良く糸が走りだした。
「ああっ、それはイソンボだよ!!」
それから、専務は、我に帰った如く、必死の形相に代わった。
その間が果たして良かったのか、悪かったのか、奴は沖にぐんぐんを走りだした。ギューン、ギューンとリールからクリッカー音がけたたましく夜空と風の狭間に鳴り響き、竿は弧を描いたまま一度もポンピング出来ないでいた。
魚は、勢いを増してどんどん沖を目指して行く。彼が完全に腰を落としての姿勢を確認してから、何とか映像に撮っておきたいと考えた。
ここは、デジカメよりもムービーに残したい。
“ええと、撮影、撮影”
監督に任せたいところではあったが、監督は撮影する事は出来ないので、私がカメラを取りだす事になった。
漸くセットして、スイッチを入れた。
糸は、相当出されている事が気になった。
ギリギリリとリールが音を出したままで更に焦りを誘うのであった。
クリッカー音に紛れてナイロンのパリパリと弾ける音が合い重なった。
「ああああ、っ・・・・・。」
「えっ・・・・。」
「まさか・・・・。」
そこで落胆してしまった。
「やはり気を抜くと駄目なんだよな~。」
と監督からも厳しい意見が下された。
後にも先にも本日の一撃は、この一発だった。
重い水達をすべて磯場に撒いて、掃除片付けに入った。
食べ物もすべて片付けた。
餌ももう残ってはいない。
補充したコバンアジももう必要なくなった。
ここでストップフィッシングとなった。
その後、監督はおろか師匠からもお叱りを受けた事は言うまでもないが、専務はそれを喜びながら受けていた。最後は、実践と現実を受け入れた分がすべて財産なのを我々は知っている。いくら情報がありふれて、氾濫してやまないバーチャルや動画の世界では決して悟り得る事もない、現実で結ばれた体験と人間関係。最後はそれに尽きるのではなかろうか。
釣りと言う行為は、バーチャルゲームでも動画だけの世界でもない。
そこには、実践のみが全てなのである。情報や動画は、目標を掴む為の一手段に過ぎない。また、その人が積み上げたものでも経験したように見えてもそれは見えただけ。
何も残る事はない。
そのような当たり前の事ですら、私達は忘れてしまう場合があるのはとても残念である。
南方回帰Ⅳ-影と闇と残光2014-16 ― 2023年06月20日 01:22
贅沢にも監督のお勧めの軟骨ソーキそば。それも軟骨ソーキ倍増設定の特注八重山そばは、胃袋を十分満足させてくれた。今回も様々な出来事があり、ギリギリまで島に居た。
明日からの現実が大きく見えてきたころ、監督の見送りに手を上げて答えた。
なんとも辛くも、楽しい紀行であった。
マスターオリジナルカレー
ゴーヤがハイインパクト
これが、明日への現実へと繋がるかどうかは、我々次第であるが、点と点は線でつなぐのが一番良い方向なのかもしれない。この島々は、この先も我が国の固有の領土であって欲しいと思うが、本島とのギャップに悩む頃、保安庁の船は何隻も係留されていた。中には、独立や大陸の植民地を選ぶと言う事も聞くが、果たしてその先にはもっと明るい未来があるとは到底思えないのだが。どの国の人も植民地が良いと言う人は無いと思うが、そこは少し信じがたい意見だった。
2014年も終わりを告げようとしていた。
特注軟骨ソーキ倍増そば
帰りの荷物は限界まで手持ちとなり、愛竿達も手持ちになった。恐らく、お土産がそのうち最低5㎏はあったと思う。なんとかかんとか、空港に降り立ち着いたがそこからがまた長かった。バスを待つこと2時間、何もすることはないが、離島から田舎道へのアクセスはその10年前よりは良くなったものの流行り田舎の不便なアクセス。それも旅ならば敢えて受け入れる。
バスを降りると、北風は更に冷たくなった。
「おおお、さぶ~。」
心が冷え固まる前に次への計画を立てないとまたまた凍結してしまいそうだった。まあ、いつも解凍作業からの計画であるから、特段何がと言う事もないが。
2015年という年が一体どういう年になるのだろうかと考える時、いっそ心は閉ざされようとした。
光と闇。
星と夜。
その先の天。
琉球への旅は、ここでは終わりそうもなく、おそらくは続くかもしれない。
さて、次は何処で待ってくれているのだろうか。
その5は・・未来へつづく
南方回帰Ⅳ-影と闇と残光2014-17あとがき ― 2023年06月26日 18:20
中央3pcsが新型CT1003-GTRK-UM-ARMOR
あとがき
誰でも過去は振り返るものですが、若者は先を見据えて行かなければなりません。それは、後で過去を振り返るにしても栄光と挫折を語らなければならないからです。挫折は多くの人が必ず味わうことですが、それが無意味とは私は思いません。2022年からすると、既にひと昔前の話になるこの2014年の暮れでの釣りもそんな人生の一コマでしかありません。それもどこかに書き留めていないとその記憶も曖昧になってしまい、歳を重ねる毎に忘れて行くことになるでしょう。また、記憶に残るようにデーターを保管していても、それを顧みる人がいないとそれは、単なるゴミにしかなりません。例えそれを引き継ぐ親族がいたとしても多くは消えていき、その足跡も風化して消えて行く運命なのかもしれません。自分が若い頃は、そんなことを微塵にも考えたこともありませんでした。当時の道具で当時の実績をより重ねること以外に興味がなかったのかもしれません。いつも申し上げているかもしれませんが、道具というものは、30年も過ぎるとかなり違うものです。比較的クラッシックな様式美を重んじる傾向にあるフライフィッシングにおいても、ブランクの性能やガイド、そして一見なにも変わっていないようなリールでさえ、その耐久性やドラグ性能はアップデートされていくようです。
それと異なり、魚というものはその100年、200年、そのまた100年後でも進化することはあり得ません。いつも申し上げていることですが、環境が大きく変わることがある昨今でも、魚は変わりません。(そう簡単には進化しません。)
私は、3歳の頃より魚と親しみ釣りや自然を体験してきました。一応不出来ながら大学の専攻も水産学部水産増殖学科魚類生理学専攻ですが、その名前というと現在はありません。また、懐かしいそのキャンパスも今は研修所になっています。それも当時の私からは全く想像もつきません。その後の人生も全く解りませんでした。解らないことばかりです。それが未来というものであれば、それが解っていれば、ああした、こうした、こうできたと分かるのですが、それも全く解らないものです。そうして10年が過ぎ、20年が過ぎて、30年が過ぎ、更に年数を重ねるとあっという間に生きていれば老人です。そんな短い人生の中での釣りの思い出は一体なんなのかと思います。それを単なる親父の趣味としては真に残念でもったいない気がしますが、人はふつう本人以外のことはあまり関心のないのが現実です。誰それがこんな魚を、こんな記録を、どんな釣法をなんていうことなど後の人にとってはどうでもいいことです。そんな中にある釣具会社というものも全くもって忘れられてしまうものです。この間にも多くの釣具会社が出てきては倒産していきました。それだけとっても解らないことだらけの人生であるとするならば、先人の辿った道を顧みてもいいのかもしれません。
この南方回帰シリーズも勝手にⅣまでになりました。そのⅤも既にある程度書き終わっていますので、若干の手直しをして近い将来勝手にまた更新してアップすることに致します。誰も期待していないでしょうけれどそれではここであとがきを終えたいと思います。
2022年6月吉日
2023年6月26日追記
月竿代表

















