南方回帰Ⅳ-影と闇と残光2014-3 ― 2022年09月03日 18:33
会談
とは言うが、それはたった二人だけの秘密会議でもあったのかもしれない・・所謂密談だったのかも
しかしそれは今となってはどうでも良い事であり、その事実と内容だけが重要なことなのであろうか
1995年頃のこと、そこにはまだ今流行のコンビニの税込100円珈琲はおろか、なんとか黒船○○○バックコーヒーも無い頃のことである。
それは、とある埼玉県の喫茶店の出来事。そこで彼と二人で行った。あたりはとっぷりと日が暮れて、もうすっかり暗くなり、夜の街を呈していた。場所は良く覚えていないが、埼玉だったように思う。
紙コップではないちゃんとした陶器のカップに注がれた熱い珈琲の香りが匂い立つその店の名前は、既に記憶に無い。いや、最初から覚えていなかったのかもしれない。そこには、たばこの煙はお互い無かった。
まだまだ若い彼は(私も若いが)、自身に力を示そうと努力していた頃の孤独な釣人だった。
そこで多くを語った。とても面白く、興味深くも楽しい、程よい興奮と交差するその感覚は忘れない。意思疎通も魂の小さな揺さぶりも、そこから始まったような気がする。
それは、時間にして僅か一時間半くらいだろうか。
同じ匂いのする人間。しかし、全く同じではない。
私は、ねっからのジャンクフード、スナック菓子を良くつまむ。未だにブラックサンダーですら珈琲のお伴である。そこら辺りが、突っ込みどころ満載な私とは違うところだろう。だが彼は、一切それを口にしない。当時は、私も今に比べればメタボ親父と言われる筋合いなど全く持って無い程ではあったが、今は見る影もない。対して彼は、今でも己の肉体を鍛え上げている。
ノートPCもまだまだ普及とはほど遠い頃で、口頭とアナログな写真での会話だった。それでもとても面白かった。いやそれだからこそ面白かったのかもしれない。その100枚以上の重ねられた写真は、それまでの我ら昭和世代には、極当たり前の情報共有手段だった。一枚、一枚カードを切るように写真を見ては、ずらりと並ぶに並んだロウニンアジの写真を見ては、感心し、感嘆してように思う。更にこの時は云々・・と言う話が続いた。興味が湧いてきて、主義も見えて来て、想像も膨らんで来た。そして、妄想もめらめらと湧いて来たのである。そのフィルムからプリントされた写真にすべての思いが込められているのだ。それは、間違いなく楽しく有意義に感じられた。そんな、1990年代半ばからすると既にもう20年が過ぎ去ろうとしている。思えば、その前の1980年代が青白い感じの燃え始めの頃なので、その当時の磯釣人の先人のカラーは、もう殆ど何処にも存在しなくなったようなそんな気がした。
「GTじゃない。」
「平鯵、浪人鯵なのですよ。」
彼も私もまだ20代、若気の至りな感はあるが、熱い空気がいつも蔓延していた彼だがクールなのは今も変わらない。変わった事と言えば、それぞれそれなりに親父になったと言う事だった。以降月日は、確実に年齢を刻んでいる。
それがすべて輝く光であれば何もいうことはないのだが。その年齢と月日は、闇と影を映しだしているのだ。
表と裏、表裏一体。光りがあれば影もあり、闇もあるのは常である。
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