楽園の終焉Ⅱ2011番外編2020年10月10日 16:56

楽園の終焉Ⅱの番外編として
でしたが、後になってしまいました。
それでは番外編です。
 

楽園の終焉Ⅱ2011番外編

寺院への道 巡礼

T-先生と現地スタッフ

出陣前のT先生と現地ツアー会社社長?
何が一体祭りなのかいまだに不明であるしやけに調子だけはよかった

カサゴ姿造り

国内だとアマチュアレベルでも現地では有り難い

カサゴの姿造り(活き〆)

カサゴのお造り

更に大き目のカサゴを使ってのよく解らない姿盛風

でもそれなりなのはよく解る
ここは、日本ではない

 

SHIMANO SARAGOSA旧サラゴサ14000/18000
そして、旧ダイワ精工EMBLEM 5500T

2020STELLA30000

名実共に世界最高峰と言われる2020 STELLA30000

その性能、サイズ、価格と世界トップクラスのスピニングリール

そのうちまたこの機種について述べることがあるかもしれない。

 

MOONROD&REELS

上からSARAGOSA 中TWINSPIN 下STELLA

2010年の夏頃、このリール(SARAGOSA)の購入を検討した。それは・・・・。もちろん、相手はロウニンアジの為にということ・・である。(楽園の終焉Ⅰを参照)

 コストパフォーマンスは、極めて優秀であるこのリール。当時国内のとりわけSHIMANOでは、STELLASALTIGAの2つの選択がほぼこのメインの釣では選択されていたと思う。そんな頃、大変気になったリールがこれである。 早速US在住の関係者に聞いてみたところ、当時盛り上がりつつあった、マグロをルアーのキャスティングで釣ると言う日本が発信元になったこの釣りが、アメリカの一部のマニアの中でも広がっているとのことだった。それは意外だったが、(※Bluefin2002参照)ネット社会の情報伝達は、恐ろしいほどとても早く、動画配信も多くなっていった。それゆえにその以降の普及は、そとは比較にならない程著しく早くなっていた。また、90年代のGTブームの伝播スピードは、比較緩いスピードでアナログ時代をまだまだ反映していたのに対して2000年代に突入後は、その勢いはますます加速していったのである。一秒圏時代の到来である。

その関係者の話によると、100㎏クラス前後のマグロのやり取りで問題視されたのはそのドラグ機構にあったらしい。いわゆる熱によるドラグノブ溶解であるとの事だった。なるほど、それならGTなら問題は無さそうと言う事でテストしてみる気になった。一方他の同行者は、それには関心のあるものの、年一度あるかないかの海外遠征でいきなりそれを使うのはちょっと気がひける・・・と言う極めて慎重度の高いごもっともな意見に、当然の事ながら納得した。

 他にそれをやる人はいない。それで思い切って自ら使ってみる事にした。

SARAGOSA140001

2000年代-2010頃のデザイン
当時US300と記憶しているが、STELLA08モデルを彷彿とさせなくも無いデザインである

SARAGOSA14000F1

 ステラの廉価版と言う印象だが、当時国内での販売は無い

マレーシア製で国内からは、排除された国際モデル
当時国内ではツインパワー以下の選択は、GT釣行には無かったように思える。

14000&18000SPOOL

SHIMANOが誇るリールの技術を限りなくコストダウンしたモデル
ドラグノブは、樹脂製でなるほど溶ける可能性がない訳ではないなと思う。サイズ的には1800014000はスプール共通だった
それでもコストパフォーマンスは、最も優れたリールだったように思えるのだかはたして・・・・

14000F2

GT1550㎏クラス10本くらいでは、一度も壊れていない
もちろんそれは、使い方にもよると思う

その使い方が問題なのだか

14000F3

メインシャフトはそう太くはないが、最大15㎏テンションまで絞り込んでみたが何とも無かった。

 

これに関する問題のひとつに、以降何年もメイン機で使う前提での耐久性についてであるが、昨今の使い捨てやマイナーチェンジ等によるメンテナンス、アフターの終了の早い昨今に於いては、そこはあまり必要ないのかもしれないと思った。なにせ破損した頃には、パーツが無いと言う結果を多く目にしてきたからだ。それは、ステラを初めとする上位機種であってもそう大差はないと思った。資本主義を貫くとそうなるのも無理はない。それを差し引いても、良いリールだったと思う。それだけSHIMANOの技術は段階的に上がってきたと思う。そしてそれは、少年時代からダイワ精工をこよなく愛する私の心とは裏腹に、次第にDAIWAはグローブライドと言う会社に変わってしまったのである。時代は、虚しくも展開されて行くのだった。それでもDAIWADAIWAなのかもしれない。それは、私の中のダイワ精工が終わっただけなのだろうから。むしろ多くの人はそんなことは一切関係のないことなのだろう。これは、あくまでも私の小学生時代からのダイワ精工と言うそのDAIWA製品愛の問題であるとする。

ロウニアジと14000F

2010年当時のバリにて(※楽園の終焉Ⅰ参照)
GTが疾走するが、しっかりとドラグが利いたSHIMANO SARAGOSA

きっかけ

バリの餌木

バリのハンドメイドエギ
とても良くできていたというのが感想だ
しかしながら、島内生産かどうかは判らない

若い頃ならではのインパクト。それと、それに伴う勢い。それは青いと言うことも言われることもあるが、若者には未来がある。その未来に託せば、その後の成長があるのが人間ではなかろうか。
 その若者の経験値は、恐らくそれなり(人生なり)に低い場合が多い。
経験値は、必ずしも年齢には比例しないとは思うが、先輩という存在は、良き教師でもあった。そんな一度使ってみると言う癖は、どうやらF師匠譲りだったようである。未だこの歳になった今もその癖は、治っていない。いいのか悪いのか。何れにしても少し余裕がないとできないことなのかもしれないことと思ったりもした。今時、昭和の子弟関係など、関心の外の人も多いかと思う。

しかしながら、師匠がネットと動画では、なんとも薄っぺらにも映るが果してそうなのかどうかは、その時代の当事者に任せてみるしかない。

時代はF師匠のPEライン革命(PEらいんでのキャスティング)以降、それまで特には問題の無かったスピニングリールの代表格だったPENN SPINFISHER SSメイン機+ナイロンライン時代から、高分子ポリエチレンPEの時代へ、大きく舵を切っていったように思える。そして私の中でのリールも世の中の多くもDAIWA TOURNAMENTの時代へ移って行ったのであるが、当時から師匠の試行錯誤は、常に行われていて、リールに対してのシビアなテスト釣行があった。まさに、開拓者でもあり、大人の余裕と言う感じがした。

 リールに改造やチューンを施すということも出てきた時代、最初にオリジナルから手が加えられたのは、ハンドルとノブそしてドラグワッシャーとベアリングだったと思う。それから、スプールへと以降して行った気がするが、それは、PENNと言う存在あってのことだったようにも思える。90年代はSSの改造がとても隆盛した時代でもあった。

次にリールの選択であるが、F師匠のあくなき追及は、当時その下のクラスであったエンブレムまでに及んだらしい。なんと、当時そのトーナメントシリーズの下のランクである。

“エンブレムでもGTで使える”

と言う結論だったのである。この言葉は、若い私達には衝撃だった。

但し、使い方や耐久性はその上級機種には及ばないと言う条件付きで。

そこで、早速私も購入した。(購入時期は覚えていないが95年~97年くらいだったような気がする。)

 ロウニンアジとなると流石にその耐久性や限界値は、師匠頼みだったが、他の釣は、さほど問題はなかったように思えた。それでも壊れた箇所があり、それは、逆転ストッパーだった。当時エンブレムの弱い箇所は、そのストッパーにあったのだが、筆者が無理やり試しに使ったカンパチのジギングで一度それは破損した。ジギング専用リールなどというものがまだ無かった時代ではあるが、元々EMBLEMは、万能型のサーフキャステングリールだった。それだけの用途だったので、逆転負荷はそう高くない。また、当時DAIWAが力を入れていた機構にツイストバスターがあった。ラインローラーのヨレを減らすというものだったと思う。

EMBLEMとツイストバスター

当時一押しのツイストバスター
それ以前は、ラインローラーの糸ヨレは普通にあった
ヨリモドシ=スイベルを接続する習慣はあったにせよ、撚り事態が戻って快適という記憶もない。

EMBLEM展開図

EMBLEMの展開図

恐らくNo5657あたりが一度破損した。
それほど逆転高負荷がかかる釣りには使用しないと言う前提に設計されていたので、クレームには当たらないと思う。

EMBLEMラインガード

両アームには、糸絡み防止ガードが組み込まれている

当然ながら当時のダイワには、このリールでGTゲームもジギングも想定はしていなかっただろうからそれは、致し方ないところだった。PEラインを使ってGTなど、まだまだまだ世間一般の釣人からは幾分マイナーだった時代である。ロウニアジってなに?が極一般的な釣人の質問だったように思う。
当時でもショアからのジグキャストでワラサ=ハマチには使っていた人はいた。ショアジギなんて言葉はなかったけれど。その釣り事態は既に行われていた。

 それ以来、アカメのキャスティングや投げ等でしか使っていなかったが破損していない。それにまだ当時は、日本製であった。それは、ものづくり大国日本がそれから次第に勢いを世界の工場と謳われる国にとって代わられつつある時代への過渡期だったのかもしれない。それが1990年代だったようにも思える。その時代は、まだ私の中では国内4大メーカーと言われた大手4社(これもその後死語になった)のうちで、最も優れて愛すべき会社であったのかもしれなかった。この時、既に最大手だったオリムピック(マミヤOP)、工作機械のリョービの釣具事業は、その勢いを徐々に失いつつあった頃である。

その後は、RYOBIの最後の総力戦ともいえる、サファリ、バリウス、イクシオーネとそれに続くザウバーやアプローズと一花咲かせてくれたような気もするが、その後間もなく閉鎖となってしまった。だがそれももう過去のことになった。国内4大メーカーと言われた面影さえもう無くなって久しい。

既に遠い過去の話である。息子の同級生に、リョウ―ビ、オリムピック(マミヤOP)の名を聞いたことがある。もちろん「知らない」と言う回答だった。

国内釣具メーカーが勝ち誇った1980年代から、その生産を次第に海外主体に移さざるを得ない時代へと突入していったように思えてならないのは、私だけではないと思う。今更それを、嘆いていても仕方のないことだ。

EMBLEM JAPAN


ダイワ精工製 EMBLEM-Z 5500T

JAPANの刻印が、当時を物語る

EMBLEM5500T

その革命的デザインや、機能美にはもう一流の勲章しか与えられなかったと思うのだが
当時は、TOURNAMENTが最上級機種、次席がこのEMBLEMシリーズだったと思う


EMBLEM後方

ダイワ精工が誇るものづくりは、デザインも国内他社を圧倒したが、そのうちそのエンブレムという称号も消えてしまっていた。
今の時代を象徴しているのかもしれない

それは、勲章無き時代の到来なのであろうか

ショアシャインライナー

何時購入したかも忘れてしまったが、DAIWAのルアーShore Line Shiner R-55をひっぱりだしてみたがこれも国産だった
OEM
と思うが、ダイワ精工が誇るベストセラールアーであった
何もかもがDAIWAな私と時代、世界最高峰がすなわち日本が誇る世界のダイワ精工だったように思えた時代

EMBLEMと栄光

その後、ダイワ精工という社名も、国内の熊野()の工場も閉鎖された。

時代がまた一つ変わったと思った。時代の流れは、日本製と言う名の製造品が減る一方だった。そんな、その時代の開発秘話を語る師匠ももういない。

昭和時代とダイワ精工は、良い過去になり、そのことを知る諸先輩方も次第に減っていった。時代は、過去の栄光を跡形もなくむしり取って行くのだろうか?栄枯盛衰という昔からの言葉どおりでそれは、誰も変えられないのだろうか。
いやきっと、そんなことばかりではない・・ことを願うばかりである。

その一方で、モノは作られ過ぎて有り余っているのだった。先進国は、如何に作り過ぎたものや、中途半端に使ったものをひたすら捨てることに右往左往し、途上国は、そのすべてが足りない。そんな矛盾がない、きっと未来が明るくなる時代が訪れることを祈る。何時になるのか解らないまま。
今日も、そして明日も。

ラインローラー破損

2020年久し振りに引っ張りだしてみると、びっくりした

ラインローラー2

このありさまだった。ついに、2回目の破損であるが、今となっては補充も修理もできないない。樹脂は脆い。
30
年近く経つと経年劣化も著しいのか真に残念である

レンボンガンでお世話になる

船長元気でいてください


乗船する

これからの若者に明るい未来があるといい。何故なら、若者には未来がありその20年後はその国のすべてを背負って立つからである。その若者が未来と希望を失ってはその国の先はないに等しいのではないだろうか。
これから人生の後半か、残りが既にターンしているものの願いである。

番外編終わり

202010月吉日再編集及び加筆


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