Yellow fin in Tosa 輪廻 -for stand up fisherman- ― 2017年07月19日 17:36
時は、2004年も師走の終わりから
土佐にて秋から喰って好調と言われていたキハダが、まだ釣続けているとの場末の誘惑情報をキャプテンから聞きつけた。
善は急げというには、あまりにも遅い決断の末に車を出して土佐に向った。
諸事情で広島回りを余儀なくされて、呉の街へ。
翌日呉~松山フェリーに27日早朝乗り込んだ。
相変わらずのフェリーは、5年前と全く変わらずというか20年以上変わっていない感じだったが
未だ喫煙可のスペースのほうが圧倒的に多いのはフェリー会社の愛煙家保護政策なのであろうか?
にしても、少しの船旅は案外のんびりとして楽しいものである。
(その後数年して、呉~松山フェリーは無くなってしまった。
時代の流れを感じざるを得ないが、これだけ橋がかかれば当然と言えば当然である。
子供の頃から四国と言えばフェリーが楽しみでもあったが、そんな子供の頃の夢ももう本当に夢になってしまった。)
松山経由で土佐入りするのは、何年振りかと考えるともうすでに5年振りにはなる。
たしかその時は、河川下流からのショアキャスティングの釣だった。
その釣はと言うともう世代交代になっているらしく、10年前嘗て一緒に川面にたった連中は極僅からしいとか聞いている。
5年も通って無ければ道も随分変わったもので、観光客にとっては、都合のいい自動車道とバイパスが所々出来ており
風貌代わり映えしないコンビニの乱立以前は、困ったトイレと休息に於いては、格段に解消し便利になった。
国道も随分とお金は掛けた様子が伺える。
到着も早々に、休息がてら?明日は出られるという安心感に浸りながら道具を準備する。
しかしながら
結局のところ出られたのは、28日と近海ジギングの31日のみで帰省予定の1日はすでに出られなかったが
(28日は10kサイズを上げてキャプテンは30kのキハダをあげた。)
中野キャプテンの
「明日はなんとかなるがやないかぁ・・・。」
との言葉を信じ延泊する事を決意した。
こう天候だけは、どうこう言ってもどうしようもなく、1日中コーヒーをすすりながら明日の天気だけを気にして道具の手入れをする。
道具を対キハダライブベイトタックルにすべて仕立てる。
それは、スタンダップコンベンショナルとスタンダップヘビースピンタックルの2本に絞り込み、他は予備とした。
コンベンショナルタックル(両軸リール)は、ラインキャパも十分な為バッキング(下巻き)に200m程PEラインを巻き、300m前後はモノフィラメントライン(ナイロン)60Lbを一杯まで巻いた。
スピンは、やはりPENN9500ssといえども、そうナイロン50Lb以上のラインキャパはあるものではないのでPE5号プラストップショット(ロングリーダー)を100mほどモノ50Lbを巻くシステムである。
少し沖へ出るとよくイルカに出くわす。
クジラも普通に見られたりする。
釣り人にとっては、案外邪魔であったりするがそこは愛嬌で。
その2へつづく
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