南方回帰Ⅴ₋闇と光₋微残光2015₋6 ― 2025年08月23日 17:51
静寂の中の興奮
肘を押さえつつ
仰ぎ見てはまた空
闇と雲の狭間
雲と雲の狭間
心と空間の狭間
実と虚
虚無と希望
海は、にわかに波だっていた
本日は北東の風が少し和らいだように感じる
波間に浮かぶ光が2つ
静寂とまた岩を切る風
北からの冷たい風
しばし、二人の後方で様子を見る事にした。
いつもながらこの狭間の空間は、悔しさと反省の中に現状への幻滅と反理想を見いだしてしまう。
その2つの重いリスクの払拭が急務の時間。
漸く息も整い、再度投入の気持ちの中、リールチェンジを済ませた。この手の釣では予備は必須である。現場で糸巻き換えとなるとなかなか辛い、また時間も大幅に取られてしまう。
“ふぅ~”
やる気満々の彼らと監督と共に見ていると……。
突然、クリッカーがほんのわずかにジィッ・・と鳴った。
その間一秒あるかないかである。
“んっ?!”
その瞬間の間、JUNが竿を大きく合わせリールを巻いてまた合わせをくれているではないか。CT1363-UM9pは、既に弧を描いてその先にオレンジの耐摩耗ラインが走っていた。ここは上手く、竿を立てられたみたいである。腰もしっかりと落としていた。
ここが第一ハードルの肝であろう。
魚は、その頭を思うように反転出来ていない感じで沖を目指そうとしている。このテンションのかけ方は良かった。
クリッカーは、勢い良くギィ―となるが、それもほんの数秒なのか1秒もあるかないかと言う感じだった。
常にテンションは掛かっている様子。
奴は、沖を目指そうともがく様子と見て取れたが、その竿はよく溜められていた。その加速は、あまり出来ていない様子だった。
一方JUNは、必死の形相だった。(勿論奴も必死と思うが)
息も一気に上がっている。
しかし、糸は何故か巻けている。そしてまた、ギィ―と鳴るとリールスプールは逆転して糸は出ていった。それも10m無い程度だろうか。
その状況をみて、彼の後ろにフォローとして入る。
「右、右に走ったよ。」
そう言うと竿を左に向ける。
そうしたかと思うと今度は、左に走る。
必死に耐えながら竿を握るJUN の姿。
腰を落としたままである。それから3分くらい経過すると、息はかなり上がってきた。少々乱れ気味だったが、彼の真剣さも、必死の形相も変わり無かった。
あと20mを切ったところだろうか、奴が完全に弱る事もなく、またそのオレンジ色に輝くラインがそのリールから滑っていった。その度に、JUNは竿を保持しようと必死であり、リールハンドルを回転させようと必死であった。
不思議とリールインされて行った。時々、荒い息に交じって、“くうっ~!”とも“んぅ!”とも解らない言葉と必死さが後ろを掴む私にも必要十分に伝わってきた。
その場の緊張感は最大。
これは、彼にしか解らない興奮なのは解っていているが、なんとか表現したい。一方ガイドする方は、安心感と正確な指示と誘導が必要となって来る。それを己に言い聞かせて、彼の腰を掴んだ。一気に戦闘モードでしかも、かなり息が荒いのは、その極度のアドレナリンのためなのかどうなのかは本人にしか解らないかもしれなかったがはたからもそう見えた。
そこで監督から指示が。
「ライト当ててみたら?」
「・・・・・・。」
少し早いとは思ったが、総監督からの指示では仕方あるまい。
高輝度LEDを燈火した。
この海が抜群の透明度を持ってしても、まだその魚影は見えない。
“やはり、まだ見えないか・・・・”
しかしラインが走るその方向はくっきりと見える。
「あと少しだよ!頑張って!」
と取りあえず励ましの声をかけるのだった。
最近では珍しくは無くなったが280ルーメンは強烈である。これが400とか600ってどんな感じなのだろうか。はたまた軍事用5000ってどんなものだろうか。恐るべし、LEDの進化。
ほんのわずか10年前の20ルーメンが主力の頃と比較すると、かなりしょぼく見えてくる。釣人は昔から変わらないが、工業、科学技術と言うものは日進月歩なのであろう。ハロゲンランプがとても懐かしい。(あれは、大変重かったがそれが当たり前だとおもったのも1990年代の話)
JUNは、1回転、2回転とリールハンドルを巻き取って行く。
すると、うっすらとそのLED光照射に白銀が反射してくるではないか。
その燻銀に映る魚体は、右に横切っているがその力は先ほどのそれとは比較できない程落ちているようだった。それがうっすらと漆黒の海に映るのは、とても神秘的でもあるように思えた。
それは、今度はまた左に方向を換えた。
水面下で漆黒に浮かびあがるその銀色の胴体が一回りも二回りも大きく映り、それが更に恐怖にも見えた。
その魚体が果たして水深何メールなのかは解らないが5mくらいはまだあるようにも思える。
ここがLEDの実力なのか。勿論海の透明度もあっての事なのだが。
「ああ、イソンボだぁ!」
いよいよ本命のお出ましである。
俄然力が入ったかと見えるJUNではあるが、それは気持ちだけで彼自身はかなり息を荒げていたのである。無理もなかろう、4本目にして漸くここまで辿り着いたのだから・・・・。
「あああ、確実!20㎏超えかも!」
水面下数メートルと言うところでヒラ打ちした魚体がはっきりと解った。それからそいつは力なく、岸際をいったりきたりと背中を見せて左右に泳いでいた。その背中が光に照らされてブラックメタリックのような怪しい魚影をくっきりと浮かび上がらせていた。
これは、イ・ソ・ン・ボ。
しかし、ここが危ないのである。
「よしよし、もうちょっと!」
「もうすぐひっくり返るよ!」
「おお、腹を見せた!」
イソンボは、最後必ず腹を浮かせる。ここが他のマグロ類には見ない光景であるが、とても面白い。明らかに他のマグロとは少し違っているのはここら辺にも出ているのかも知れない。
力無く奴がゴロリ、と腹を上にしていた。
それは、完全グロッキー状態で波間に浮いていた。何時見てもこの最後は、はっきりとしていた。殆ど動かせない尾鰭と左右に出た胸鰭を出して力なくプカプカとその波間に浮いていた。
さてここからが大変な作業である。一人では不可能とも思える作業である。二人掛かりでやっとこさとさっとギャフを掛けると、ゆっくりと引き揚げ作業に掛かった。ここまで5分以上手こずったのであるが、なんとか・・かんとか・・この落差を上げて来こられる時がきたのである。
「あれ!」
「やばい、外れた!」
引きあげていたSYUから、慌てた声が飛んだ。
その高さは1mくらいだったのか、波音にかき消されてかさほどでも無かった。ラインは切れていないようである。また、魚も外れてはいないので仕切り直しに入る。
「大丈夫、仕切り直し!」
再度ギャフ掛け作業に入った。
それから更に2~3分後、やっと掛ける事ができた。
先ずは、一番危険な波からの引き上げ。
ここがクリアできると半分は獲ったようなもの。
しかし、ここが一番の注意点であり、危険な場面である。
過去には、ここで何本も取り逃がしている。
SYUは、再度引き揚げにかかる。
30cm・・1m。
2m・・・3m・・・
そいつは、ゆっくりと引き揚げられてくる。
慎重かつ、パワフルにSYUがロープをタグリ寄せるのであった。
「やった~。」
そう言うJUNを制止して、
「まだ早い、まだ言うな~!」
ともう少し我慢するように促した。
奴の頭が見えた。
あんぐりと開けた口から牙が見える。
やっと頂点まで引き上げると、それを2人かかりでズリ上げた。
「よし!やったぁ~!!」
やっとこさ上げるとそこからは、爆発的に喜ぶ他ない。
それはチームプレー共有の証。
ここはお決まりの万歳を。
ここが欠けては、釣りは本当に面白くない。たぶん・・・・。
それは、良い釣りが出来た証拠でもあろう。
監督曰く、「目がぎょろぎょろ動くんだよなぁ~。」
「これがなんともいえないんだよなぁ。」
確かに、生きた証の目が動く。
これを我々は、何度も経験した。
彼が見る最後とは、一体どのようなものなのだろうか?
彼が最後に見たものは、水の中では無かったが
何がどうなっているのか。
何が現実なのか。
今オレ(イソンボ)の体に何が起こっているのか・・・。
俺は、死ぬのか・・・・
コレが見る現実なのか
ああ、意識が飛んで行く
そう思っている様にも思えてならない。
それは、生と死の狭間。
彼らに我々のような意識が存在するかどうかは解らないが、それはそれでこちら(人間)側の勝手な思いかもしれない。
がしかし、相手の気持ちが少しでも解ればそう無駄な殺生のない世の中になっているのかもしれなかった。
畜生にそう思う心があれば、人などそうあやめられるはずもないと思えるのだが。
激戦の痕は、生身と血で染められた現実である。
決して忘れる事はできない
現実の世界は、そうはなっていない。
本来即、処理になるのだが、やはり初物の記念撮影に少し時間を取ってしまった。
喜びは最大になるが、早速作業にとりかかる。
「監督!ガーラナイフある?」
「ああ、あるよ!」
そう言いながらも収容してあるのは、私の青いバッカンであるのだが。
それを、JUNに手渡した。八重山産琉球松をあしらった柄に琉球松の鞘作りのガーラナイフである。やはりここは、これの出番だろう。
月竿オリジナルガーラ(初期型)
〆る、切る、刺身までこなしてしまう
右からオリジナル2014、中オリジナル2014、2022記念極小、2020限定極極小
ガーラナイフを先ず鰓に立てる。南無阿弥陀仏。それは、活〆と言うよりは、もう既にその心臓には力が無かった。最早虫の息。
その刹那の息の中で鮮血は、少し闇夜には赤黒く映ってゆっくりと流れる。それでもその血は、流れ出て行った。血は、血で争うとかそうでないとか。
月竿オリジナルガーラナイフ各種(21周年記念時)
ハリスの編み込みステンワイヤーが、ところどころ切れて枝毛風になっていた。その牙を飛ばした代償としてなのだろうか。最初のバイトからのランでの衝撃故だろうか。
血抜き
水をかける
一度
二度そして三度
鰓抜き
つぼ抜き
腹を開けてから血合い(腎臓)を取り
今度は、何度も血を洗う。
ここの作業は、例えイソンボだろうがなんだろうがキープする以上迅速に行う。
折れた牙は、野生の突進力を意味していた
その牙を折って走った
顎の辺りを見ると、奴の象徴である筈のその牙が何本も折れていた。喰った瞬間の衝撃で飛ばされたのであろうか?それともその後の疾走の力でワイヤーと勝負して折れたのであろうか?
真剣勝負とはこの事なのか。
その牙と一本のワイヤーハリス。
その先の命のやりとり。
そしてここからがまた、一仕事である。
水と鮮血の入り混じった滴りがなくなると、それを準備していたアルミバックに入れる。それを今度は、通称自転車紐でアルミキャリア(おいこ)括りつける。尾柄部がすっかりはみ出てはいるものの、それはそれで無いよりはずっとましであった。
魚を背負い、車まで移動する。と一言で片づけてしまうが、ここからも一仕事である。建設的な労働ではあるが、重い物は重いのでできるだけ軽量な程良いのは人情と言うものであろうか。JUNはそれを担ぐと恐らく来た道を戻って行くことになる。
冬と言うには、まだまだ暑い南国の夜。
涼しいと言う時間にはなってはいるものの、それでも一汗かく事になる。
牙と鋼とステンレス。
その先には、強固なスイベルとナイロン糸。
その先には、その戦った人の思いがある。
血抜き、腸抜き後のイソンボを担ぐ専務ことJUN
自分の仕事なので致し方ないところだが
それとは裏腹に気分はすこぶる良いのだ
車には、予め氷が容易されていた。
“釣れても釣れなくてもここは万全にしておこう”との作戦会議であったが、 そこは今回計画通り行っていたのである。
JUNと監督のコンビで魚を移動するコンビになってもらい、SYUと私が現場に残った。
さて、順当で行けば次の番は、SYUになるのだが。
その後は、SYUを中心に積極的に竿を出した。
しかしながら、その期待とは裏腹にアタリは無かった。
60分をとっくに過ぎた頃、先ほどの二人組がやっと戻ってきた。
どうやら迷ったらしい。
“うわぁ、それは地獄道”
2人組で良かった。
そう思ったのは私だけではなく、一番そう思ったのは彼ら二人だったに違いない。
賽ノ河原は、永遠に続くようにも思える冬の岩場の出来事。
それを知るものは、その月と星、風と雲。南の潮風に乗るどこからともなく訪れる音。
そして、空の果て
ランディング直後の姿は既に満身創痍
お前はその眼でなにを見てきたのか