タックルバランス その先の行方2026 ― 2026年02月07日 17:05
タックルバランス その先の行方
月竿最弱クラス
CT702‐UM1p CT562-UM0p
序章
月竿の根幹を実践するエクストリームゲーム
新型CT1203₋UM6xp 12’0’’f 3pcs 30Lbクラス
“An
extreme game that embodies the core philosophy of the MOON ROD.
New CT1203‑UM6xp, 3‑piece, 30‑lb class.”
IGFAルールがもたらす“誇り”と“達成感
IGFA30Lb classライン道糸約8号で30kgを優に超を超えるロウニンアジとその古参実践者のライトタックルバランスを最重要視しての結果
そのIGFAのルールを実践することは本人の決定に基づくプライドでもあり、人生を豊かにする糧になる
それは、激動変動してどんどんアップを迫られる動画配信とは異なる、己の誇りを具現化する達成感にあるのかもしれない
真実だからそれが正しく評価されるとは限らないということにも似ているのだろうか
考え過ぎだろうか‥‥
月竿ULクラスの現在地
2026年の冬。月竿ULクラスは、24年の歴史を経て新たな局面に入りました。
本稿では、CT702-UM1p/CT562-UM0pから最新S100シリーズまで、
“最弱にして最強”のタックルバランスを、実践例とともに振り返ります。
房総ライトゲームの変遷、ULで挑む大物、そして道具と釣り人の関係性──。
長文ですが、ゆっくりお付き合い頂ければ幸いです。
今年も冬になり、それなりに寒い毎日です。日本海側は、毎日大雪で太平洋側は雨も降らずというとになっております。温暖化が叫ばれて久しいですが、それなりに今年は寒い気もします。そしていきなり短い春から夏に突入なのでしょうか。
さて、寒い時期のFW以外のウルトラライトタックルと言えば、アジ、カマス、ニベ(イシモチ)、春前のメバル等々親しみ易い魚種達の時期になりますがそれに関しての道具となりますと、月竿には、その表にそう多くは出てこないシリーズも多々あります。それは一重に当方代表のプロモートの脆弱さにあります。それも当方の実力と言えばそうなります。
UM₋Graphite ULクラスの代表でもあるCT702-UM₋1p
その中でも軽量級のULクラス、CT702-UM1p及び0pそして1xp、CT562‐UM0pのこれらは草創期よりラインナップされているシリーズです。そんなウルトラライトクラスの機種も現在では、月竿最弱の最強と言う、CT632-S100-01xp及び562‐S100-01xpという最新機種が主力となっていきました。製作見本等は公式FBにてご確認いただければ幸いです。
CT632-S100-01xp CT562-S100-01xp
そのビックゲーム譲りの“S”は最強最弱のはじまり
その瞬間は、突然襲ってくる
CT632-S100-01xp作品一例
左からピンク、サンドベージュ、ダークグレー、ブラウン
赤いスレッドカラーと飾り入りの632‐S100-01xp
新型CT632-S100‐01xp 2~8Lbクラスまで対応の最強最弱の竿
中型のヒラスズキ ナイロン1号だが6Lb表示である
中量級3.26㎏ヒラセイゴキャッチ後のCT632-S100- 01xp とそのリグ
ユーザーさんが勝手に房総スペシャルと呼んでいたりする
リールはおもちゃと称するあの千葉真一さんもびっくりの筆者お気に入り
リールは最上位機種でなくてもよいのだろうか・・・・・
上3段目CT503₋S100-01xp プロトタイプ
CW/GW=キャスティング.又はジグウエイト最大/DM=設計上最大ドラグ値/
DS=設計上実用ドラグ又は参考値/TIP=先径㎜/BUTT=元径㎜/WT=ブランク重量 S-Blend=特殊Sグラス配合/UM/S=特殊UMグラス+特殊Sグラス
CT632-S100-01xp 形状記憶スパイラルベイト仕様
個性は、カスタムされる
かつての2Aは3Aになった気がする
1点モノのウッドスリーブ
ウルトラライトタックルの有力種のひとつであるアカメバル尺超え
CT632-S100-01xp White phoenix
K-sp
尺を超えてくるととてもパワフルなファイターである
アカメバル
クロダイもそのライトタックルでの対象となる
それを巷では、チ二ングというらしい
もはや日本語となりつつある現在進行形の釣り用語なのか
中型ヒラスズキ ナイロン1号 6Lb
その昔のナイロンより明らかに強度は高い
セイゴの合間のプレデターを獲れるか獲れないかは大きい
CT702-UM1p/CT562-UM0p
草創期から続くライトタックルの系譜
それでも、この初期からのUM1pと0pはライトでしなやかUM₋Tipというフレックスグラストップ(チューブラ)を採用したハジキやショートバイトに対峙するしなやかさと一体化するグラファイト部分の絶妙なバランスの上に成り立つ特殊なブランクです。それは現在の市場に於いてもかなり特殊なブランク、ロッドになります。つまり一般的ではないことになります。今となってはいや当時からかなりマニアックなブランクには間違いないようです。一度手にしてそれを武器化できたその釣り人には、強力なアイテムになり得ることでしょう。
月竿最弱のルーツ
ROOTS OF KENCOR MAGNAGLASS USA
なんと言っても月竿ライトのルーツは、1981年頃に購入したKENCOR Magnaglassと当時の国産オリムピックリールとストレーン4Lbだった、強烈にドラグはスカスカカクカクだったが竿の柔軟な対応が衝撃を吸収してくれたように思えます。
https://tukinoturisi.asablo.jp/blog/2017/07/12/8619123
※ブログ参照
約45年後のKENCOR46の残骸
大森製作所のコメットそしてシマノ22SEDONA
1989年7月1日撮影(既に購入から8年後)
この脆弱というか、現在とは比較にならないほど低スペックのオリムピックリールとコンボでいくつか数えていないほどエゾイワナと戯れた
いわゆるインスタントカメラ“写ルンです”だったような
もちろんデジカメという概念すらない時代背景
KENCOR66₋2V改(30年で2回目のレストア)
2001年と2023年2回のレストアを経て既に違うものになっている
富士KLガイドに変更 によりPEラインも軽快に操作できるようになった
オリジナルは旧PBのアルミナオキサイトガイドである
UMシリーズ誕生の背景
2000年代初頭のSWライト事情
既にこの竿をリリースしてから20年以上経過しておりますが、当初は管理釣り場というものは既に存在しておりましたが、現在とは若干変わっているとおもいます。現在の管理釣場というものは、よりレジャースポットとしても洗練されてアウトドアエントリーとしても認識されているようです。昨今のアウトドアブームは既に去ったように思いますが、そういう施設が残るのは外で楽しむことへのきっかけになっていることは悪いことではないと思います。またその当時は、SW、FWライトタックルと申しましてもそのラインというものはまだナイロンライン主体の一部フロロカーボンの構成でした。そんな時代背景からすると現在は大きく異なると思います。そんな2002年頃は、まだアジングとか言われることも少なかったか使われなかったと思います。それは、エギでイカを釣ることがエギングと名が付いてから以降の展開になろうかとおもいます。そのイカ釣りでさえ、90年代初頭頃はエギングなんて言われていませんでした。
アジング以前の時代とユーザーの要望
24年続くUM-Graphiteの進化
そんな時代背景ですが、アジ等をルアーで遊ぶと言う当時のSWの大物狙いの方から“月さんでもライトでアジとか小物を狙う竿作ってよ”と言う要望から腰を上げたシリーズです。当時は、そんなハードコアなより大物へと狙うユーザーさんの予備程度にと考えてはおりましたが、彼らの遠征や大物狙いはともかく日頃のライトな遊びの要望に応えるために機種は増えて行きました。そんな背景を持ったUM₋Graphiteシリーズですが、今でも現役で活躍しております。また、年毎に多用化するデザイン、変異、進化するパーツ群より、より時代に合わせた仕様、あるいはネオクラシカルな仕様も時代の要望に応えて参りました。そうこうするうちに24期です。そこはカスタムロッドの強みの一つであることは認知されるところです。
https://tukinoturisi.asablo.jp/blog/2018/02/07/8783840
しかしながら、もう既に無い機種アイテムもあり残す在庫はけっして多くはありません。今後は、後継機種に移っていくかもしれません。(一部そうなっております)
創業以来じっくりと組上げられる方針は今も変わらない
変わるとすれば世の中の世情と事情なのか
2004年当時のCT562-UM0p
※当時のデジカメになるので画質はかなり劣ります
当時のグリップ部分(2004年)
RECの形状記憶ガイド2004当時
21年以上も前のデジカメは今現在のスマホにもはるかに劣るのか
月竿初期のULクラス
上記は、当時のユーザー希望で渓流向けに作成2004年初夏
2011年当時のCT702-UM1p
ユーザー希望でシンプルかつSW4~6Lbクラスラインでのハード使用の希望
シンプル&シングルラップミリタリーグレーンの希望仕様(2011)
後にこれがドラマを起こす
このハードユーザーはシンプルかつ実践的なデザインを好む
同701₋UM1p コルク2A仕様(2011)
当時の主力である富士TYSG通称Yガイドはそのスピニングロッドに於いて人気機種であった
2011年当時の2Aコルクは現在の3A程度にあたる
コルクのグレードは落ちる一方で値上げにつぐ値上げはコストアップに直結する
今更ながらですが、今回はこれらのUM₋Graphiteシリーズを中心にスポットを当ててみることにしました。しかしながら、そう申したものの既に完売の機種もありますので詳細はお問合せください。と言うのは今も昔も同じと言えばそうなります。
これらは、新型アイテムでもないので製品案内とすべきか悩みましたが、より総合的なタックルバランスということを表題に展開して紹介することに致しました。20年前にそれをしておけよと言われればその通りかもしれません。そこに異論はありませんが、世の中の主流でなくなったが故の発信なのかとも思います。しかも今時ブログなんて見ないよという方々の多い昨今では、さらにインパクトを欠いたものになります。
CT562-UM0p/月竿早初期より既にラインナップされていた
当初はFWの渓流ロッドとしての色あいも強かったが、世の中のイメージは恐ろしいものですっかりSW専門ということになりつつあった頃の完全仕立作品でパーツは当時の新型アイテムになっている軽量トルザイトガイドと富士グラファイトシート
そしてオリジナルロッドケース
富士TVS系のリールシート
ユーザーの希望によって採用するのが基本
三河綿による竿袋はカスタムメイドである
製作者の好みというよりは、そこはカスタムロッド
ユーザーの希望が色濃く反映される
イシダイ竿とCT562-UM0p
SWといえども、全く異質な組み合わせ
タックルバランスとは何か
現代釣りにおける“バランス喪失”
2002年製造のCT562-0p (上)
主に渓流トラウト用と房総のULゲーム兼用として作られた
結果主義とエンターテインメント化の影響
リール性能依存の時代に思うこと
釣りでいう「タックルバランス」は、竿・リール・ライン・ルアー(仕掛け)・フックなど、道具一式が目的に対して無理なく調和している状態のことを指します。それは単なる相性ではなく、狙う魚・フィールド・釣り方に対して最も効率よく力が伝達される組み合わせを意味します。これのバランスが欠けてしまうと、時と場合、条件等によって最終であるキャッチという結果を見いだせない場合があります。これは、その設定がギリギリであればあるほど顕著に出てきます。多くの釣り人はこれを語ろうとしますが、案外バランスを見失っていることも多く認められます。それは現場であればあるほど見かけたりします。
しかしながら、昨今の流れではそれがあまり顧みられなくなりつつあるジャンルや対象魚もあります。その負担は、どんどんリール性能とその高耐久性に依存しているあるいは、デジタル機能、モーター機能に依存する釣りです。もちろんそれに比例して耐えうるラインの高強度、高性能も多分に要求されることは誰でも容易に到達する考え、事項でもあります。特にスポーツ&ゲームとしての釣りが破綻しているジャンルもあるでしょう。ルール無用は、娯楽の世界や広い意味での釣り、遊漁を包容して行くことでしょう。さらに先の結果、成果まで到達します。そしてそれは、常態化から習慣化しそれが型にまで嵌まっていくことでしょう。それはそれで有りで否定されるものではありません。むしろ、釣り業界自体も商売に乗ることにつながっていくので歓迎になる傾向かと思われます。また、有りとしなければその到達点も見えないまま、つまり結果がでないと意味はないという究極の結果主義ということになるかもしれません。結果が伴えばそれなりに評価されるべきでしょう。そこには、綺麗ごとの一切を排除した達成があります。勝てば官軍なのは今も昔も変わりません。大義名分、理想も負けてしまえばすべてを失うそのような戦いなのかもしれません。しかしながら、これはあくまでも遊漁というカテゴリーなのです。
そうなると、その楽しみの部分を自ら排除していくということにもなりかねません。
昭和のタイガーマスクとMr.NO
「ルール無用」の象徴としてのミスターノー
ルール無用ならば昭和の名作タイガーマスクと同じ展開?とも言えなくもありません。当時の少年は、そのアニメのオープニングテーマにもある「ルール無用の悪党に~正義のパンチをぶちかませ!」が既に脳裏に焼き付いていました。そのタイガーマスクには、ミスターノーというこれまたものすごいキャラクターが存在していましたが、これがかなりインパクトのあるストーリーでした。ルール無用の釣りは、どこかタイガーマスクに登場したミスターノーを思い出させます。
彼は勝つためなら手段を選ばず、競技そのもののバランスを破壊する存在でした。
スポーツとしての美しさを守るという視点
現代の釣りにも、道具の性能に頼り切り、ルールやバランスを置き去りにしたスタイルが散見されます。
それは一見派手で結果も出ますが、スポーツとしての“美しさ”や“達成感”を奪ってしまう点で、ミスターノー的と言えるのかもしれません。
筆者は、スポーツに精通する人間でもそのルールに詳しい訳ではありませんが、生き残ればそれが勝利となる究極のサバイバルならルール無用なのかもしれません。それは、前述の「勝てば官軍」に近い意味合いをもつのかもしれません。
なんでもルールやバランスを欠いたものはその感動や達成感、強いては幸福感を奪っていくのかもしれません。そこはもうその境地に至った人にしか分からないのでしょうか。
現代釣りに重なる“バランス破壊”の構図
釣りの成功率と快適さを大きく左右する基礎がタックルバランスと言えますがよりその上には、水(潮)の流れ・魚の気配・風の強さ・自分の身体感覚がひとつの線でつながる状態に近いものがあるのかもしれません。道具が邪魔をせず、自然と一体化していくような感覚。そうなるともうお前は仙人を目指すのかと言われそうなのでそこまでとは言わない、あるいは目指さなくてもよいとしましょうか。
いずれにしても、現在においてバランスを欠いてもその結果自体は変わらないあるいはその欠いたおかげで獲れるようになった怪物もなんとか結果が出るようになったのかもしれません。それは、エンターテインメントとしてはかなり脚光を浴びそうです。その点現在の動画中心の中では大いに有りなのかもしれません。それは、エンターテインメントとしての成功する為の手段でもあるのかどうかわかりません。また、その解説ともなれば当然そのタックルバランスは、形としては一応語られるものでしょう。しかし、その主力はモンスター狩りの結果そしてその製品のオーバースペックなものが、評価に依存しやすくなります。それは、リール、竿、ライン、針等々の中ででも一番派手に映りこむのはリール、次に竿と言う感じでしょう。しかしながら実践中に目立ってしまうのはリールになるかと思われます。そこは、リールメーカーの戦略上重要なファクターでもあるでしょう。その点は、理想と商売のバランスをうまくとる必要がありますが、現実はとても商売の方に傾く傾向にあるのは、必然と言えば必然です。高負荷にも関わらず、けたたましく鳴り逆転するスプールの映像は、そのアングラーの興奮を一気に駆け上がらせる絶好のカンフル剤です。一気にアドレナリンを放出させます。ある程度その逆回転音=魚の抵抗と結びつけられます。容易に興奮度は跳ね上がるのは釣り人の性でしょう。
房総ライトゲームの変遷
2000年代初頭の“おおらかさ”
後継機種のOKUMA ITX
その後オクマITXはさらに完成度を上げてきた
もはや、リール=日本製という評価もかわりつつあるのか
コロナ禍以降の過密化と釣り禁止エリアの増加
話を具体的に展開して一例を述べてみましょう。
かつて房総では、いわゆる“おかっぱり”と呼ばれる身近なところでアジがたくさん釣れていました。コロナ禍前は、メーカーやお店によるアジング大会なるものも行われていたようです。それなりに釣り業界もそれに一部傾倒するあるいは、そのウエイトを置くようになったりもしたように思えます。それでは、2026年現在においてはどうでしょう。業界の波としてはまだ少し残っているか、ある程度の重要ジャンルと呼ばれているかもしれません。しかしながら、こと房総に限定するとかつてのような数釣りはあまりできなくなってきたように思えます。都心のアングラーのアジング聖地と言うにしては、ちょっと辛い展開になってきたのかもしれません。
アジへのこだわりとフィールドの現実
それに代わってかどうかはわかりませんが、年によってはカマス、ニベが多く釣れるようになりました。それに加えてコロナ禍釣りブームが便乗されてか、多くの釣り人が押し寄せることにもなったようです。特にカマスは、容易にたくさん釣れるとのこともあり過密釣り状態となったようです。それは、違う意味でモラル無用のカオス状態と言って過言ではなかった…かもしれません。その後に残されたものは、釣り禁止の立て札ばかりなのかもしれません。地域によっては禁止でないところを探すのにも一苦労という話をユーザーさんからお聞きしました。我が国の流れとしては一度禁止になったことは再解禁、解除という例は多くはない、いやほとんど無い傾向が強いのかと思われます。
それでも比較的おおらかであった房総は、まだいい方と聞いてはおります。
おおらかさが、さらにおおらかであった2000年代初頭では、アジやセイゴが容易に釣れました。もちろん釣り禁止エリアは限定的であったように思えます。筆者は、アジ釣りにさほど関心があったわけではありませんが、暇があるとお付き合いでライトタッルをひっぱりだしてはおりました。その主力の一部がCT562- UM0pと1pです。
現場でちょっとしたコミュニケーションをとる方あるいは取ってくれる方は、ある程度の一定層の多くが「アジは居ませんか?」という質問を何度も何度も聞きました。それは現在でも変わることはないようです。ここでコミュニケーションをとってくれる方と申すのは、とってくれない方も多く存在するからです。一体何がそうさせるのかは私には分かりませんが、きっと日頃から他人と会話は基本しないという方針なのかもしれません。世知辛いと言えば世知辛いですが、これが我が国の寂しい現状の一端ということになろうかとおもいます。海外ではあまりガン無視とかは無いように感じるのは私だけなのでしょうか。事故にもつながりかねないリスクでもありますのでそこはできるだけ挨拶程度の最低限のコミュニケーションをとることをお勧め致します。
さて、その解答には「セイゴなら釣れる」と申しますと「アジじゃぁないのか…」という渋い顔をされることもしばしばです。アジは、釣り、食味、その扱い易さどれもとってもいい魚には間違いないですが、彼らがアジにこだわる理由は、未だに良く分かりません。フィールドは常に変化して行くものであり、アジが釣れることがあったり、混成したり、全くいなかったりと人間の都合通りにはいきません。もちろん他魚種でも同じことが言えるとおもいます。その点、管理釣り場ではそこにいる魚が決まっているのでその心配はほとんどないのかもしれませんが、そこは自然。こちらの都合通りには行かないことが多いです。アングラーは、その環境の中にいることをしばしば忘れがちなようです。その対象魚が釣りたければしかるべき時期のいるところに行くしかありません。
ULタックルの実践例
セイゴ釣りにおけるUM-Tipの真価
そんなライトタックルを用いた丘からの釣りの現状ですが、ここのところ筆者は、新型ブランクのCT632-S100- 01xpでの釣りが多くなっていましたが、上記機種のCT702‐UM1p等を用いてセイゴ釣等でお茶を濁しています。理由は、簡単でそこにセイゴが居るからです。特にこだわりがあるわけではありません。そしてこの釣りに関してははやりUM-Tipが持つ特性にあります。この竿とのバランスは、ナイロン06~1.0号ですがセイゴ釣りにはナイロン0.6号のワールドプレミアムという製品を使っておりますが、この強度が恐ろしくあり、かつての0.6=2Lbとは大きく性能が異なります。メーカーによって若干異なりますが、同クラスのヤマトヨ社の同号数も併用しています。強度表示は少しヤマトヨの方が下回っておりますが、耐久性は良い方だとおもいます。また同号数であってもどちらかというとトアルソン社の方が太目に感じます。昨今は、どんな釣りもPEという方が圧倒的に多いかもしれませんが、コアユーザーさんの話によるとマイクロノギスで計測すると少しトアルソン社の方が太いとのことでした。
またそのラインを使い分けることは、その釣りの幅を広げてくれるでしょう。またPE主力の昨今である以上は、そのリールのドラグ性能はかつてのものよりはるかに上であることは必須であります。逆に言うと、多くのリールは伸びの少ないPEラインに合わせたよりスムースなドラグ性能を追求してきました。ここでは、より強度の増した高強度高耐久PE かつ高負荷耐久性リール性能については述べません。エステルについても同様に割愛致します。
を付けなればならないことは、一部JGFAのラインクラス部門にトライされている方は、そのライン強度表示通りのラインクラスではエラーが多いことです。ラインメーカーのほとんどはIGFA規格表示のものがほぼ消失してそのライン強度は少し強めに設定されています。つまり4Lb強度表示であったとしても4Lbを超えることしばしばで結果記録が認められない場合があります。
リーダーにはフロロカーボンの1.2~1.5号の6~8Lb強度のものを使っています。ナイロンがメインラインなのでフロロは比較的硬めと言われるサンラインのV- ハードを多用しています。今のところこれに不満がありません。もちろんここは好みによりますので他社でも当然結構です。しっかりした性能のものを好みでご選択ください。
ファーストコンタクト:ジグヘッド(針)の重要性
アジ弾丸1.2g/1.5gの強度差
次に、魚とのファーストコンタクトである針の部分、これはオーナー社のアジ弾丸1.2~1.5gを多く使っていますが、1.2gですとその軸が1.5gよりも細く、セイゴの20~30㎝クラスを10本前後で曲がってしまうこともしばしばです。そこで1.5gを使うとその強度は上がっているのかより多くの魚をかけても曲がったり折れたりすることもが少なくなってきました。ただしそれには、ばらつきがあります。またウエイトを上げることによりそのリトリーブスピードが上がり口を使わない場合も多々あります。その点、オーナー社のこれを開発した担当者は良く考えており、先端の突起をプライヤーで容易にカットできるように設計されています。わずか0.1gに過ぎませんが、ここで釣果を左右するとするなら選択しない手はありません。そこをアングラーが判断できるように設計されているのには脱帽するばかりです。こんな小さなジグヘッドにも考え抜いて作られたのには設計するものの努力が目に浮かびます。そんなことまで考えて今日の釣りがあったと後で考えるなら、その後の珈琲もとても美味しいことでしょう。そこは、インスタントコーヒーや缶コーヒーであっても変わらないボーナスです。
アジ弾丸1.5g先端カット1.4g
このジグヘッド1個で113本のセイゴをキャッチした筆者レコードとわずか3本目で伸びてしまった同製品
必ずしも製作側の正当評価を受けるかどうかはその製作側の考え方一つで左右されるが、113本の22~30㎝セイゴに持ちこたえた同社のこのジグヘッドには賞賛せずにはいられない
114本目で折れた時は、おもわず声が漏れた
なぜだか非常に悲しくも儚い一瞬ではあった
ULで挑む大物
CT702-UM1pでの75cmマダイ
突然の大物と格闘2時間後
10年経過のCT702-UM1p でのマダイ75㎝ 5.75㎏老成魚
ラインはワールドプレミアム0.8号3.5Lb
リールは、最後の日本製(一部他国)フリームスKIXは、日本刀をモチーフにした素晴らしいリールだった
筆者は、旧ダイワ精工の名品と勝手に思っている
なんとこのマダイは、クサフグを7匹捕食していた
そのことをフグ毒の研究をしていた恩師に報告すると
もう隠居なんで、その後はわからんな.…の答えだった
ただこの個体の致死量のTTXではなかったということになる
今はその恩師も故人である人生は短く感じるがその最後は誰にもわからない
咄嗟に出てきたヒラスズキ(ヒラフッコ)と同CT702₋UM1pでの一本
現在もオリジナルユーザーの下で活躍し続ける702‐UM1p
リールはKIXでヤマトヨバーサタイルデザイン1号4Lb
重量感のある最弱の最強例
ヒラスズキとの遭遇
一方の魚は、そのサイズ、ウエイトにばらつきがあり大きなセイゴいや、60㎝を超えてもはやセイゴとは言えないクラスが掛かる可能性も多々あるのです。(関東では40~60㎝程度のサイズをフッコとも呼びます)多くのレギュラーサイズをうまくフッキングに持ち込み、そのバラシを軽減して結果を上げるということと対大物対策はとっても重要なことであり、タックルバランスが問われる局面であり、それは突然訪れるものです。房総では、不意のヒラスズキや80㎝を超える大型のスズキ、他魚種と言うこともあり得ます。同じ60サイズといえどもいわゆるスズキ(マル)とヒラスズキ(ヒラ)でもその重量も体感的な引きつまり魚のパワーも大きく異なります。また時たまヒラを彷彿とするグッドコンディションのマルの場合もあります。局面の中には、そのようなヒラとも対峙して勝利(ランディング)に持ち込むことも考慮して攻略すべきと心得て備えるならば、その達成感は大きく増加することでしょう。この局面において、獲れる、獲れないはその気持ちにも大きな溝が存在することは間違いありません。それはあなたが根っからの釣り人であることへの証明でしょう。月竿ユーザーの大半がそれに属していることと考えます。
タックルバランスの重要性
ラインは、ヤマトヨ社のファメルバーサタイルデザイン0.8号3Lb.
アジ弾丸1.2gは、伸びていてギリギリだった
セイゴに混じって小型ベイトを捕食していた大型セイゴ(マルフッコ)
リールはインスパイラだが、国内大手2社はさらに性能を上げていった
スピニングリール
リール選びの考察
その進化は止まるところがない…ただそれだけでいいのだろうか
OKUMA Inspira(2011当時に投入※廃版)
この頃からオクマのリールも性能を上げてきたように思う
2000〜2500番を推す理由
シャロースプール時代の糸巻量問題
最後になりましたがリールです。これは何を基準に選ぶかはその人次第にはなりますが、最高スペックでないといけないということはありません。また、それにこだわる必要はありません。ただしここも嗜好や都合にもよるので最高スペックを使うことは良いことです。最高スペックを使うことが必須かどうかということに関しても選択肢の1つではあるけれど、必須ではないと言えるでしょう。また、そのサイズ規格は各社メーカーによってある程度揃えてきたこともありますが、ここは大手S社と基準として考えることとしましょう。(かつての国産4台メーカーはまちまちでした)
500~1000番の最小サイズあるいは1500番という選択は、ダメではないけれど、2000~2500番をお勧めしたいと思います。現行のスピニングリールに関しては、糸撚れ対策もしてはありますが、それでもキャストの回数とドラグをフルで使うということを考慮するとリム径(スプール径)は可能な限り大き目が良いことになります。また昨今のシャーロースプール化は、便利ではありますが、よりライトでエキサイティングなゲーム展開をすることに於いてその糸巻量は多いに越したことはありません。またライントラブルは必ず起きることですから、たとえトラブルである程度のラインを消失しても、糸巻量が多ければそこから次への対応が可能です。また、即ゲームの継続性を考えるならスペアスプールもあった方がより便利で快適にゲーム展開できることでしょう。昨今ではなぜかスペアスプールが圧倒的に付属しておりませんが、筆者はあった方がありがたい派の一人ではあります。売る側のコストも考えるとスペア付はなかなか辛いところかもしれません。明らかに売値はあがります。現在の大手リールメーカーは、基本部品扱いで別途購入ということになっています。
後にスペアスプールを追加して釣り幅を拡げた
左上のシルバースプール(OKUMA
USA)
要約しますと月竿CT702-UM1pとのバランスタックルは、2500番リールに0.6ナイロン+フロロリーダー1.5号にアジ弾丸1.5gまたは1.4gということになろうかと思います。もちろん不意の大型対応です。また対象魚やそのリグ(仕掛け)は少しずつ異なりますのでこれだけという訳ではありません。今回の具体策としての一例と捉えてください。
上記項のマダイと同じ機種の4000番
筆者が10年以上愛用した旧ダイワ精工のKIX4000番
このクラスでは最後の日本製ではないだろうか
ダイワ精工と言えばこのロゴだった
しかしながらそれも忘れられて久しい
とても寂しくも感じられる
時代も世代も大きく変わる
“月竿最弱にして最強”
偏食の末の捕獲
相手は中量級ヒラ
20㎝のアジもすっぽり一口で入る大きさ
メバルの顎も比較的大きい
尺超えのアカメバル
ジグヘッドはアルカジック社
TACKLE HOUSE オルガリップレス43夜光カスタム
がっぷりと丸呑み
やはりリーダーはフロロ必須である
まとめ:タックルバランスの本質
この最弱にして最強という言葉は、このウルトラライトタックルを用いての最大限の性能を引き出しての戦いにあります。そのバランスの上限のギリギリ。それは、どれか一つ欠けても成立しないぎりぎりの線です。もちろん、より確実な上のクラスを選択すればいいではないかということが出てくるのは自然な質問でしょう。それには、大きく2つの理由があります。一つは、自分(アングラー)がルール付しているIGFAもしくはJGFAの記録を狙うためにあえてその枠に嵌め込んで戦うパターンまたは、それを基軸としているアングラー。
もう一つは、その道具立てでないと口を使わない偏食なパターンとにあります。通称マイクロベイトパターンとも呼ばれているようです。これらはきっぱりと分けるだけではなく、両方を兼ね備える場合、複合される場合も当然あります。またそれらが簡単の区分けできる訳でもない場合は当然多々あります。
そこは十人十色な部分もあることでしょう。そこが趣味としても面白いところの一面でもあったります。
主に後者である口を使わない場合ですが、案外大型にも関わらずそこに餌として存在するベイトが小さいパターンか比較的その小型の群れとは別に同じ餌を捕食し、潜む突然のプレデターの場合です。前者は意図的に人間側のルールに縛ってのゲーム、スポーツにも通じる国際ルールでの戦いに価値を見出している場合とそのアングラー。(IGFA、JGFAに関しては公式ページがありますのでご関心のある方はご確認ください)また後者は、それが必須または有効である場合の中でのアングラーでもあります。ここも人間側にはどちらの思惑も含まれているのでその感覚をどちらも有する場合もあるのは当然です。
釣りを深くする“道具と自然の一体感”
月竿はそのどちらにも対応するようにつまりユーザー本位で仕立てるのがその基本です。そしてなによりも忘れてはならないのが、釣り自体がとても楽しむというあるいは、他の程よい余暇の過ごし方でもあるのです。ここが釣りという特殊でもなんでもない趣味の奥深さ、器の大きさです。他にもそのような趣味はありますが、奥行きは大変深く人生においてはかなり重要なことがらなのでしょう。
房総名物カスザメ
新型CT632- S100-01xpの真価とシマノ
エントリーモデルの22MRLAEL2500 ラインはヤマトヨのフロロ0.8号
ライトタックルでの有力外道の最右翼だが、案外皆さんニベ釣りでキャッチしている
そのスピードは、緩慢な方かとおもう
外道としては大変楽しませてはくれるとてもいいやつである
しかも案外付き合いは良くいい遊び相手ではある
彼らにとっては迷惑至極ではあるだろうが
結果だけでは語れない釣りの価値
「永遠に幸せになりたかったら、釣りを覚えなさい」
「永遠に幸せになりたかったら、釣りを覚えなさい」
という言葉がありますが、一般には中国の古い言葉として知られているようですが、実際の原典は定かではないようです。ただ、この言葉を日本に強く根付かせたのは、故・開高健でしょうか。
また、釣りを通じて幸福や知恵を語る文化は、古来より東洋にも西洋にも存在するようです。
釣りは単なる遊びではなく、人を静かに、そして深く満たす行為である
その本質を、この短い言葉は見事に射抜いていると思います。というのも文豪に対して大変失礼ではありますが、その点ご容赦願います。
最高の名誉
それは、己の自身の持つべき性善である
持てる最後の砦それは月竿
2026年2月吉日
あとがきへつづく
その後の守破離 ― 2026年01月25日 10:00
その後の守破離
時は過ぎ、去りゆく過去にすがらない
それが“離”への道なのか
時が流れて2021年になり、独立した2002年時から既に19年が過ぎ20年目に突入しようとしています。一重に20年と申しましても、近年の時勢の変化は目まぐるしく、ついて行く事もままならないそんな20年間の出来事でした。そんな中当方の竿は、月竿とかMOON RODとか言われる様になりました。最初に掲げた守破離は、古い日本語です。その理屈などどうでもよい方も多いことでしょう。デジタルが師匠である現代には“見習いから”と言う事もないままに自分がその流派、派閥の長に名乗りを上げられる事もいとも簡単になりました。我流は、我流な筈で決して良い意味では語られない筈なのに、我流を多様性と言う事に置き換えてしまったのではないかと思ったりしてみる事もあります。
「死ななければ負けではない」
嘗ては私も高校生の頃が当然ありましたが、多感な時に学んだ宗道臣先生がおっしゃった言葉です。生死を掛けた戦いをされて来た方が、悟る境地であると思います。現在でも死ななければ負けではない、を実践できればと思います。
これから更に10年先となると2031年ですので私の良き師匠は、誰もこの世には存在しなくなるかもしれません。それでも守破離の道は捨てないで行きたいと思います。時々思うこの先“離”が訪れるまで、ぶれない芯を持つ事ができるだろうか。そう思うと夜も寝られなくなるくらい考えてしまいます。 そして、そろそろ弟子も育てなくてはならないとも感じながらも今に至っております。
弟子には、技術や性能を語る前に人の道が説ける程の人間になってみたいなどと思ったりもしますが、今のところいやこの先も凡人(私)が言えた立場ではないし、そのような庶民風情の言う事を聞くほど世の中は平和も余裕もなさそうです。
私のような職人風情がそう思ったりするほど、荒廃している世の中なのかもしれません。
それでは、月竿を宜しくお願い致します。
私の守破離(2002年当時)
友人達の指摘をうけて
2004年頃のNY自由の女神前で
その先にはストライパーがいる
竿は、亡き師匠の設計である
まだ若かった頃の筆者
日本人の美徳は決しておごらない、高ぶらない、謙虚で、自分を自慢しない、そう思って今日までやってまいりました。地道と感謝を自分に言い聞かせ、足らないながら精進してまいりましだが、何分短気で角もあり、縁の切れた友人も数しれず、思いはつきません。また、威張って得したことなど、日本ではありませんでした。アメリカでは、はったりをかます自己アピールは当然ですが。
呉と言う土地柄
昭和45年頃の呉の街と私
私は呉の海辺に生まれ3歳の頃から釣りを始め、野口英世や北里柴三郎のような立派な学者になるのが小学生からの夢でした。サーフ小僧だった私の釣りの相手はシロギス、マコガレイ、イシガレイ、アイナメ、クジメ、アナゴ,イシモチなどでした。この頃の釣り夢は呉にはいないイワナやヤマメ、アマゴでした。
中学の頃、まだまだマイナーだったルアー釣りとか言っていた時代のその釣を初め、この頃舶来ルアーをなけなしの小遣いで月に一個ほど購入するのがやっとでした。(舶来品なんて死語ですね)この釣りに傾倒し始めたのは、友人の「そがーなルアーみたいなおもちゃで魚が喰うか!」と言われたことや、父親の「そがいな釣れもへん訳のわからんもん集めるより勉強せぇ!」の一言でした。
この頃の私の取り巻くルアーを用いた釣りへの偏見は、今現在とは比較にならないほど強烈でした。また、当時釣れるとされたバスはまだまだ今の様にあちこちにギャング放流されておらず、現在の状況とは若干異なっておりました。その後父親は、実弟がヘドンタイニーダッドで釣った35㎝位のバスを見てからあまりルアーを馬鹿にしなくなりました。今でも当時父がとても驚いていたことを思い出します。この頃から折れた竿の改造など遊びでやっておりました。それでアイナメなどのブラクリ釣りなどやっていました。(当然ルアーで釣りたくてマンズのジェリーワームを切り刻んだりして使っていました)
1980年代の学生時代は、東北の渓流で鱒属を追っかけ、オカッパリでアイナメやクロソイをミスターツイスターのキラーシャド(当時バス用のプラスチックシャッド)で投げまくり、当時まだまだ超マイナーだった海のソフトルアーなどやっていました。このときのアイナメのマイレコードは防波堤で釣った46㎝2.6㎏でした。(東北では別に珍しくもないですが)
その後は、スズキなるものや目の赤い魚をおっかけたり、鉛の塊をしゃくったり(これまた大好きでした)、泳がせたり、近年まで、釣物の価値がなかなか認められなかった、海のドラド釣にポッパーで投げまくったり、深海のドーベルマンとか(4人で50匹、10~30㎏という事も過去にありました。)何とか鱒とか、本流ハードロックの王様2.5㎏とか…。縦縞のスズキ(これは釣りまくりました)とか釣らせてもらったニベの怪物とかまだまだ炭火のように中々つり熱はくすぶって消えません。魚達は私の心をまだ掴んでくれているようです。
倉橋島(旧長門島)
もともと、私の先祖は江戸時代まで倉橋島の多賀谷氏城下で鍛冶職人をしておりました。
職人気質は血筋でしょうか?2021年現在は安芸郡から呉市倉橋町となっています。父が子供の頃まで、本浦という町の海岸線に居を構えていました。父の母は、そこで「ひらのや」という食堂をしていました。戦後は叔母がひらのやを継いで、川原石で同じく「ひらのや」を経営しておりました。それももう昭和の時代のことです。
何十年振りかに訪れた西宇土
実は、みかんブランド“いしじ”は父の母型の実家にあたる
今は、荒れ地となっていてオリジナルは生産されていない
職人気質 Craftsmanship
かつて私は、某量産釣竿製作メーカーにて丸6年間以上に渡り、何千、何万と言う釣竿を組み上げ、出荷、検品、企画までやって、更に毎日何十本というOEM並びに特注品まで、死に物狂いでこなしてきました。残念ながら作業環境はとてもいいとは言えず、決して環境のいい仕事とは言えませんでした。また、釣りは単なる道楽(ある面その通り)、釣りでは休暇や時間をとることは事実上禁止でした。今現在(2021年)では、それをブラック企業と言うらしいです。昭和の時代にもし当時からそのような言葉があったとすれば、真っ黒とは言い切れませんがより多数の企業がこれに入ってしまうということは誰もが思うことかもしれません。当時の地域柄、直ぐに思い出すのは、野麦峠であったり、姥捨て山であったりしました。特に子供の頃に見た「あゝ野麦峠」は強烈に脳裏に焼き付いています。そんな労働環境やそのストーリー通りであれば、生き地獄であり、人権など存在していないようです。その映画も、学校で皆が見たことは忘れません。それは、小学生の私にとって「はだしのゲン」に次ぐほどのインパクトでした。
釣具とはいえ、所詮量産品。
職人魂など伝わらず、どんな方が使ってくれるのかも分からず、人が楽しむ道具なのに当たり前のことですが気になるのは、コストダウンと経費削減、売上のみで言葉だけのハイテク、最先端でした。当然ながら工員さんたちにとっては、日銭稼ぎの商品がたまたま釣竿だった、それだけでした。また、単なる派手な側面だけで入社した若者達はあっと言う間に春蝉の抜け殻のようになってしましました。春蝉の抜け殻を触ったことがある人は、容易に想像がつくかも知れませんが、昔の人は良く言ったものです。
時には、新入社員の彼らに小学校中学年程度の簡単な読み書きや地理、英単語、算数を教えることもありまし、有給休暇取得書類をオールひらがなで提出した部下もいました。挨拶ができなくて、何度も社長から「挨拶はちゃんとしろ」と言われた若者もいました。開いた口が塞がらないとはこのことでした。それもこれも何もかもが昭和の闇がずっと先に見えていた気にもなったものです。
今思えば、そんな過去もありながらもとても懐かしい気になったりします。
きっと令和の時代には、そんな闇は、多少なりとも明るくなっていることを期待して止みません。時代と共にこの項は、またアップすることがあればしてみたいと思います。
心の刀とは
心を失った道具など武士の刀でもありませんし、釣師の命でもありません。見てくれはかっこよくても魂を失った抜け殻ではないでしょうか。それなら多少派手派手しい宣伝やデザインでなくても、温かみのある道具を作りたかった。故に私は、今までの位置と安定を捨てて今までとは違う路を選びました。勿論、大手一流メーカー品を選ぶことは、無難で、確実で、安定安心を約束してくれるかもしれません。またそれに釣師本人が思い入れを吹き込み生かす事もできます。そういう面では生かすも殺すも道具の持ち主、オーナー次第と思います。量産メーカーに真っ向から勝負する気はもうとうありませんし20年経った今となると余計に身の丈にありなさいということが身に沁みます。
「釣竿工房月の釣竿をぜひあなたの右腕にしてください」という言葉は、創業当時から変わりません。 当時もそう申しましたが、私が単なる思い付きや、にわかビルダー上がりでない事が少しお分かりいただけましたら幸いです。
あくまでも魂があってのモノ。それがお分かりいただけたら幸いです。
二千二年六月四日
釣竿職人 平野 元紀
2021年6月吉日加筆
おまけの話(その後の守破離補足)
1967年から1980年代を主に呉の街で過ごした人生も、かなり過去の出来事で、30数年も経てば様相も変わりました。あの、とてもきつい呉弁を話す人もいなくなり、大正生まれの祖母が使っていた本当のネイティブな言葉は、まるっきり聞かなくなったようです。懐かしい警固屋の釣り場は、埋め立てられて団地になっていました。桧垣のおばさんの釣り具店はもう無く、代わりに大型量販店になっていました。SHIMANOのリールがまだまだ他社に比べて今一だった頃でしたが、その桧垣釣具の奥にガラスケースに入っていました。景気もとてもいい感じでひっきりなしにお客さんが来ていたようです。いやそれを見てきました。
多くの地方の方言と言う親しい言葉は、薄れていき学校教育の賜物と言うべき標準語化されています。街並みも、ローカルな店舗も姿を消していきました。安くて美味しかった呉トビキリサイダーは、もうありません。今後の復活を願うところす。そう思うと私自身がもう過去の人なのかと思ったりしますが、それは私の昭和という時代だけなのかもしれません。未来はまだあるのかもしれないそんな、先祖代々のこの土地であるにもかかわらず、まるっきり他人な街になったようにも思えたのでした。
そんな、昭和50年代呉の街にわずか数年だけルアー専門店があっただけでもそこは天国か楽園だったのかもしれないと思います。それが、ルアー釣りと言う当時は超マイナーだった私の心を掴んで離さなかったのはどうやら事実のようです。
KENCORの6角グラスブランクは、レアでした。
上:Kenny先生の形見である
KENCOR Tenlew Magnaglas OG2
下:かつて最も全米で売れていたとされるShakespeare社のロッド
いまだ残念に思う事は、当時の子供達だけでは、その店の基盤を支える事が極めて困難だった事です。その一人が私でした。時代が早すぎたかもしれないし、需要にあっていないことは事実だったのでしょう。またそのオーナーは、釣りは全く関心がなくて、ダイバーだったと記憶しており、事務兼店番のお姉さんが、今日も暇であるとぼやいていた気がします。ご存命であるなら、そのお姉さんもそれなりに御歳を召しておられることでしょう。なにせ40年(1980年頃)も前の話ですから。それでも夢なお店でした。竿はKENCORのみかほぼそうでとても、地方の街の釣具店ではあり得ないアンテナショップに近い感じでした。
(ヒノウエのレスターファインは取り扱いしていたような気がします)しかしながら、ルアーは、へドンはもちろんなこと、フレッドアーボガスト、オリジナルのボーマー、ワース、トーナメントワームのバラ売り、ヒノウエのコブラ、そしてあのアルファ&クラフトのバルサ50のラインナップであったと思います。広島市内ならいざ知らず、呉の街にはなかなか厳しいながらも豪華なラインナップであったと思います。この話は、Kenny先生にCAの自宅へ訪問した際、直接お伺いしましたが、それはお兄さんがKENCOR HIROSIMAの会社を立ち上げて、その親族だったか甥っ子だったか誰かが呉の店をしていた...と言うことのようでしたがそれも忘れてしまいました。今思えばもっと良くお聞きしておけばよかったと後悔しています。どなたかこのお店の当時を知る方がいらしたらご連絡をお待ちしております。
その後の2025年、当時を思い出してその竿の他になぜか当時の店には、リールがすべてスピンキャストリールだったことをうる覚えでなんとか思い出してみると、当時はその何処とも思えないリールを買うことをしませんでした。それなりに高くも無かったとは思いますが、それならダイワのスピンキャストかリョービのダイナフィッシュでも買った方が良いと思えた頃です。いやもし私がもう少し、いやかなり無理して頑張れば、マチックが欲しいと思いました。今思えば買っておけば良かったと思いますが、それももう何十年も前の話になります。何度か手にしてハンドルを回したことも覚えています。その上に並んでいた当時の竿もなんとなく記憶しております。タラレバになりますが、ベイトキャスティングリールもあれば買ったかもしれません。いずれにせよ高度成長期の盛りであった我が国の製造業の頃でした。それからやっとその1機種状態の良いものを入手することができました。これ幸いに多少の傷のみで、ギアボックスの中はその固形化して劣化したグリス以外はとても良い状態でした。これもいずれ企画しているスピンキャストリールの項でいつか整理してアップして行こうと思います。
また当時の国産ルアーと言えば、コピー一辺倒、しかも使えない、動かない、品質の悪いものでしたが、今や世界の日本製ルアーとも称され、簡単に設計できてしまう時代になりました。しかもそれらは、国外へとその生産拠点を移し流れていきましたが、それがコストという天敵であったようにも思えます。他の工業製品の拠点も既に日本でなくなりましたが、釣具もその中の一つです。世界経済平準化を叫んでもそれは、遠い未来のようです。
“ルアーは紳士の釣である”
と言う言葉も死語であるかのように釣り場は、その様相も変わり、またその残骸も見受けるようになったような気がします。そんな時代もまた、国の釣り人口に比例して今後は衰退して行くのでしょうか。
だがそれでも、望みは捨てずに行こう。
望みだけは。
KENKORのお話は他にも出てきます。宜しければ下記の項をどうぞ。
さめないで・・・・・・・。
2026年1月10日追記
おわり
南方回帰Ⅴ₋闇と光₋微残光2015₋7 ― 2026年01月16日 17:03
-漆黒の衝撃-
そこに浮かびあがるのは生命感の中の紫とも銀とも知れず
たまにはドラマを作って欲しい
しかも、想定外の・・・大勝負
フラッシュ越しのグアニン反射は少し紫かかっても見える
へとへとになって帰って来た彼らをよそにSYUは俄然やる気になっていたようだ。時々いたずらする奴雑魚たちを、今度は餌確保としてミジュンサビキを投入する。
投入後、直ぐに反応があった。JUNは言うと、ここら辺は手馴れたもので、いつものコバンアジを的確に仕留めていった。サイズは、30cm程で大きくても40cmくらいのものである。この餌取が案外多い。また、こいつの皮は相当硬い。それは、財布ができそうなくらい硬い感じの皮で、ケミカルシャープ針の切っ先さえ、非常に通しにくいのである。我々は、クブシミ(コブシメ)撃退作戦には失敗したものの、小判、コバン釣には成功した。猫に小判でないだけまだいい。
早速、SYUがそれを取り、上顎掛けにした。そしてキャスト。いよいよライブベイトの投入である。今まで散々餌取りとして齧り続けたその報いは、直ぐに訪れた。それは、自らが餌となるという制裁であった。何の躊躇もなく投入されたその30cm程のコバンは、何かに怯えているのか恐怖なのか、どうなのか手前に近づいてくるではないか。先ほどまで何処に投入しても喰いついて来たのに。
このコバンアジは、皮の硬さとは全く関係なくとても美味らしい。いつも餌になるだけなので、今度機会があれば試食してみたい。特に生が良いみたいである。
「えらい手前にくるなぁ…。」
「はい・・。」
コバン君は、ゆっくりと左方向へと移動している。
投入から数分後・・・・それは興った。
“ギィ~”
リールクリッカーが突然勢い良く鳴くと・・・同時に
「ああっ・・キタ~!」
SYUUのコールと共に一同一斉にその方向を見た。
一気に斜め左にラインが流れ走って行く!
彼は、グンとパワフルな合わせに入ると一気に竿は、弧を描くと、台湾製最上級コンベンショナルリールのスプールが逆転に転じた。クリッカー音が闇夜に鳴り響く。
「まえ!」
「前にでて!」
とは言うものの、踏ん張るので精いっぱいらしい。
「ムリッス!!」
突如襲った激しい引きに全力で耐えるSYUU氏
それは、間違いなく今までの外道とは違う引きだった。魚は、まっすぐに沖には向かう事もなく斜め左前へと方向を変えなかった。
「ああ、SYUU!そっちはマズイよ!」
と言われずとも解ってはいるが、相手がこちらの言う事を聞く筈もないのである。
「あああ…ぁ~すってる、擦ってる、スッテル!」
竿を伝わって根に擦れているのが解るようである。
あの嫌な感じ。
何かズリズリとするあの感覚。
何度も経験したなぁ。
正に真剣な表情で、SYUUは耐えていたが、その方向を変えられる事もなく、更に奴が走って行った。止まった感もあるが、バタバタ動く感じが伝わってくるらしい。
「イソンボではないなあ!」
「うーん。」
静寂から一気に騒然となるこの釣座が、なんとも踏ん張っているが・・・・。
言葉にならない緊張に変わる。
こいつが本命かどうか解らないけど、かなり強烈な引きを堪能する余裕は全くないSYUU。まさにその姿がそこにある。
彼の顔が真剣かつ紅潮しているのが分かった。耐えるしかなさそう・・・そんな感じであった。暫くすると、魚は止まったように思えた。彼は、その先にバタバタと暴れる奴がそのラインの先から伝わっているのが解る感じで、余裕がなさそうではあるが分析はしっかりしている様子だった。
「ああっ・・・・!」
「切れた!」
耐摩耗ラインが切れた。
その擦れた感じの中で何時切れるか解らない恐怖が、その結末によってはその恐怖からの解放には繋がったが、その代償は、落胆と言う大きな遺産が待っていたのである。
一体その先には何が付いていたのであろうか。
ラインブレイク(糸切れ)と言う事葉は、いつも悲しい。釣人にとって悲しい出来事のトップである。その歴史の中で、テグス切れと呼ばれて以来、釣師、漁師であればどれだけ悔しい思いを先人達はどれほど多く経験したのであろうか。一本の糸で繋がる事は、その事自体が一瞬で全てを失う事になる。それは案外、人の道もそうなのではないかと思ったりもするのである。幸いな事に、それはやり直しが利くと言う事であるが、備えが無ければ次のチャンスがない。それも人生と同じなのかもしれないと思った。チャンスは、一様に皆に回って来た事になる。
その結果は、別として。
それからまた我々は、俄然やる気が出てきて頑張った。
しかし・・・それから後はチャンスが再び訪れることは無かった。
それでも、全員の帰路の足取りは重くは無かっただろう。何せ、ドラマは訪れてそれなりの結果をもたらしたからのだから。また“明日頑張れば良い”と言う気持ちも多分にあったのであろう。その明日への期待は膨らむばかりであった。
誰でもその希望と言う名の希望を奪う事はできない。
誰であっても・・・。
奪う事ができるのは、一体何者だろうか。天は、それを奪う事は決して無いと思ったりもする。誰でもその加護と運を受けたいと思うこころは同じだからである。
そんな気持ちも都会ではその御利益を期待してしまう正月元旦以外は、殆ど持ちにくいのかもしれない。恐らく、そこに待ち受けるのはコンクリートとアスファルトと淀んだ空気の洗礼に継ぐ洗礼であって、希望が霞みやすいのかもしれない。そう思った。その生活感には、人間が作り上げたモノだけがさも当たり前の如くに存在していて、自然がそれに勝てていないのが日常である。しかしながら、時としてその逆が起こる時がある。それが、一番畏怖を失った現代人への最大の恐怖であったりするのか。
ラインは、何れも長い距離を擦っていた。傷だらけである。PEラインならば即殺だったのであろうか?未だPEラインの方が全てにおいて強いと信じている人が多いのには驚きだが、事実は事実として受け入れるしか方法はない。私は、釣糸の伝道師ではないのだから。何れにせよ、根擦れとの闘いになるのは、この釣りに於いては命題であろう。はたして、ラインメーカーの必死の説明というものは、一般には伝わらないのであろうか。恐らくは、伝わらないのだろう。
OKUMA
ANDROS 12Ⅱa
台湾を代表するリールメーカー
良くできている台湾製である
新年あけましておめでどうございます ― 2026年01月04日 09:40
今年もたいへんお世話になりました ― 2025年12月31日 17:55
蓑魚のゆくえ特別番外編2 ― 2025年10月28日 21:03
蓑魚のゆくえ
特別番外編-2
四万十幻想
川は眠らない
今日も明日も眠らない
それが絶えても変わらない
闇に溶けても、声を失わず
砂礫に記憶をかき消されそうになっても
石の記憶を撫でながら
その岩の如く
永遠なるその普遍流れと共に
その真実の
次の語り部を待っている
冒頭の川は眠らないという言葉はかの文豪の“河は眠らない”という著書が無ければ思い浮かばなかった言葉である。それは、素人がいくら考えてもそのような表現には至らないということになるのだろうか。想像するに、その文豪がこれに向き合った釣りと執筆をしていたならば、それは超大作だったに違いない。あるいはそれが短編であったとしてもかなりのインパクトを与えた作品になったにちがいない。それは、容易に想像がつく。ただただ文豪がその昭和にトライできなかったのがとても残念に思えてならない。もしかすると、その時代に企画が上がらなかったのは、彼のスタイルにあった釣りで結果を出そうとするとこれは困難を極めるし、長期に至るリスクを敬遠してのことだろうか。いずれにしても、もう文豪は故人であるのでそれを聞くこともできない。
もし万が一にも彼が四万十川へと足を延ばしてそれを行ったなら、そのタックルは容易に想像がつく。ZOOMのヘビークラスにもちろん十八番の両軸リールだろう。開高健つながりと言えば皆さん、すぐにAbuのAmbassadeurを思い浮かべるだろう。その昔、私の旧友は、かつてのそのABU製品の輸入総代理店であったエビスフィッシングのMR.DONに6500Cのコンボで四万十の蓑魚クラスを釣った。それは20㎏を超えていた。もちろんナイロン30Lbにオリジナルルアーでの結果だった。現在の国産高性能ベイトキャスティングリールからするととても貧相に見えるが当時としては、ベイトタックルでとなるとベターな選択だったと思う。当時は、ベイトでやっている人はほとんどおらずもっぱらスピニングだった。当然専用タックルなどそんなマイナーな魚にある筈のなかった。いいとこシーバスタックルのヘビークラスがやっとの時代である。もちろんリールはpeラインに全く対応していなかった。先述の開高先生もきっとこのクラスのリールを使ったに違いない。
満月の大潮、月が昇る。
闇夜の大潮、そこに月は見えない。
その当たり前のそれを幾度となく繰り返してきたのだろう。
その長い歴史の中で彼らは、我々よりもそれを繰り返し見てきたのだろう。そして命をつないできた。
だが、今我々はそのような長い歴史と命、それらを我が物顔で踏みにじっているのだろうか。
最近は、それを神の使いとも神の魚とも呼ばれない。そこには、尊厳も畏怖も信仰も何もない。ただその疑似餌の対象魚でしかないのだろうか。それは、時と共に進化し続ける高性能リールと高性能ラインと驚くほど大きくかつデジタル設計されたルアーという疑似餌だったりする。そんな無機質な疑似餌達とその釣り人の前にはもはや、神の魚の勝ち目はあまり残されていないだろうか。それでもその太古より備わった強靭な顎の骨は、抜くことが極めて困難である。いや不可能に近いほどの硬さを誇る。また、その強烈に太い尾柄部と尾鰭とその筋肉から繰り出す豪快はジャンプと鰓洗いは、キャッチすることがコンプリートという観点からすると、勝負は最後まで分からない。
その硬い顎は、強力に科学研磨された日本製針をしっかりと突き抜けられるのか。無論突き抜けなければ意味はない。となるとそのポイントは、その釣りなるものを経験したものだけが知ることとなる。“掛かりどころ”それは、釣果にとっても獲物にとっても極めて重要である。所詮トレブルフックではその掛かる場所をフロントとリアフックの両方で捉えない限りその捕獲率を下げていくようである。その体の全身を蓑で纏ったようであるとのことからそれは蓑魚(ミノイヨ)と呼ばれてきた。しかしながらそれを知る人も最早少ない。ただただそれは、その眼が赤く見えることからアカメとなってそれが標準和名となり、その俗に言う正式名称と呼ばれるアカメがいつのまにかその欲望の端の獲物としてのアカメと呼ばれるようになった…とまでは断言できるのかどうか結論に至っていない。
そう言えるかどうかはその人次第であるが、なんとなくそう思えたりするのはその神の使いの位置からの転落がもたらした意識の没落からの故なのだろうか。いつから人はその神とその使いを恐れなくなったのだろうか。神の魚は、もう神の使いでもなんでもない、ただ怪魚として雑に扱われて行くのか。怪魚という名の崩壊なのかはまだそれは分からない。判らないので、もはや神の魚ではない家畜の延長線上の産物まで落ちていくのか。それは彼らの地獄なのかどうかもそれは知る由もない。神が神でなくなってしまった時点でそれはもう彼らの地獄なのかもしれない。たかが魚と言うなかれ、かつては神の魚であった。そして未だそれを神の魚としている人も存在しているのかもしれない。その数は決して多くはないだろうけれど。
月竿の誇り
日の丸と四万十
現在(2025年)においてもデザインこそ変わってしまったが
ジョージアオリジナルコーヒーもマックスコーヒーも健在である
ある面脅威のロングセラーである
既に周知ではあるが、マックスコーヒーの創業者は現在と異なる
「おお、おんしゃあアカメしっとるんかえ!」
「だいぶ前じゃけど、わしの船のしたにがいにふといアカメがついちょったがや。」
「ざまに太かった。」
「140をこえとった。」
「突いて上げたら、おばちが下へついたぐらいざまにふとかった…。」
それを話してくれたお世話になった人は、若かりし頃桂浜水族館に勤めたことがあると聞いた。それは意外だった。どうやら銛で突いたらしい。それは、釣りではなかったがそんな大型のアカメが昭和のその時代にはまだまだお目にかかることもあった時代なのだろう。
それが1960年代なのか70年代なのかは聞いていない。
「あんちゃんらぁ、わしは海軍で鍛えちょったけぇそこらへんのやつらにはまだまだ負けんどぉ。」
「鍛え方が違う。」
「まあ、コーヒーでも飲んで…」
と言ってはジョージアのオリジナルミルクコーヒーを出してくれた。それはとてもとても甘かった。甘過ぎた。それを筆者はもう何十年も飲んではいないが、恐らく千葉県民のソウルドリンク?と称されるMAX COFFEEと同レベルだったように思う。人生はそんなにも世知辛いのに…なぜジョージアはそんなにも甘かったのか、MAX COFFEEは未だ加糖練乳と砂糖マックスが健在なのか。なぜその初老の先生はとても優しかったのか。
「アカメ?ミノイオかぁ…若いころはなんぼでもおったがのぅ。夕方涼みよったらざまに太いがおったがのぅ。」
それは、彼が戦後故郷に帰った1940年代後半なのか50年代なのかは分からない。聞いておけばよかったと思うこの頃である。
「最近は、あんまりみんようなった。」
「コーヒーがあったかって?」
「ああ呉の海軍にはあったよ。」
「ふつうに美味しかった。インスタントなんてない。」
よくコーヒーを飲みながら戦時中の話、特に呉の海軍兵学校に居た頃の話を聞いた。それだけ当時は生きるか死ぬかの選択の中で生きてこられたのだろう。
故のやさしさは、本当の厳しさを熟知しているが故のやさしさというものを知っておられたのかもしれない。そして、そんなある日のこと、ちいさなその街の午後
「焼き肉を食べに行こう。」
と誘って頂き、ご馳走になりすっかり甘えてしまった若い頃を。
もうその肉の味もその店のタレの味ももう思い出すことはできないし、その店が今もあるのかないのかも分からない。ただそのやさしさの味は忘れてはいない。そのやさしさは、やはり死闘の中の平和を誰よりもわかっているからの他ならないのだと思う。その平和を熟知している人の一人ではないかと思う。
学校で先生から教えられたことよりも何倍も何十倍もいや比較対象にならないくらいその重みは違うと思った。それは、黒板に平和と書かなくても・・である。教育者は、その重みと深みも加わったほうが間違いなく良いとは思うが現実は、その薄い紙のページと黒板ですぐに消される重みと深みが現実なのかもしれない。あの時の大先輩、どうもありがとうございます。
先の大戦以来、80年も我が国では戦争をしていない。先人の粉になるまでの玉砕と戦闘、死闘、それら戦いの犠牲の上に成り立つ報酬なのだろうか。それは誰にも分らないが80年もの間に戦争または戦闘に巻き込まれたことのないという国はそう多くはない。むしろ極少ないといってもいいだろうか。世の人々の中には、平和、平和と叫ぶ人や団体は多いけれど、わずかな平和を勝ち取るために多くの犠牲の上に成り立っているのかを考える人は、そう平和という言葉だけを一人歩きさせない。戦争と平和は常に表裏一体の歴史な気もするのは私だけなのだろうか。戦後は、誰もがそれを否定してみたがどうやら戦争や紛争は終わっていないようである。そして今現在もその戦闘に巻き込まれて真の平和を願っている人は多い。それを現実と取れないのは、80年とう月日がそうさせたのもあるだろうが、どうもそれだけが原因ではないのだろう。
そんな争いを川はずっと見てきたかもしれないが、それは関与していない。その流れに偽りはない。
清流の中にその蓑の如き鱗を纏うミノイヨ
それは老成魚とも呼ばれる歴史を刻む
それから30年もあっという間に過ぎていった。30年という時間は、人のそれには当然かなり長い。述冒頭の話の主も今は故人である。その優しかった長老も故人である。その四万十川で一緒に釣りをした親友も若くして既に故人である。その1の岡田光紀先生も故人となって久しい。それだけ無常にも時は私の親しい人をこの世からあの世に連れ去っていくと思うと次は誰なのだろうか、あるいは私なのかと思ってしまう。
大型になるとその皮膚は厚く鱗も大きい
その骨は、はやり硬い、硬いのだ
私が学生時代の1980年代では、釣りキチ三平の四万十川の潜水艦と呼ばれる巨大アカメと三平、中村の町でのストーリーも既に終わっていた頃であったが、それの影響をみても一般的にはとてもマイナーでマニアックな魚だった。それは現在のSNSスピードからすると異次元である。
当時水産学部という枠組みの中にいた私でもそれを知っているのは数人だった。当然ながらそれから40年も過ぎて2025年ともなると矢口高雄も釣りキチ三平もはるか過去のことで多くの平成生まれの釣人はそれを読んだこともないのだろう。しかし、よく潜水艦という名前を付けたものである。さすがに4mの特大潜水艦は、幻想をはるかに超えた大きさなのだが、もし仮に本当に居たらそれはそれで楽しいけれどその半分の2mでさえ今のところ上がった記録はない。また当時の矢口先生にも三平にもルアーという疑似餌で釣る発想はない。そこが同イトウ編と違うところである。
「平野、四万十川へアカメを釣りに行こうぜ。」と言った当時(1989年頃)の同級生は、今頃何処で何をしているのだろう。そこが高知であること以外何も知らないその時に。そして、その彼の誘いのその後はというと全く分からないし、実現していない。いや既に絶望的に実現しないだろう。また、その当時の恩師もすでに故人である。
人は、その時多くの約束をするがそれが実現することは決して多くはない。いやむしろ忘れ去られていくことも多いのだろう。常に現実は、明日への希望を打ち砕いてしまい、それを地に撒いてしまう。全く無常とも言え無慈悲でもある。
蓑魚の行方本編を掲載する前に番外編の方がすでに今回で2回目となるのは今現在(2025年晩秋)の私にも5年いや10年前の私にとっても以外だった。20年前の私はどうだろう。そのことすら掲載する気もなかった。最初の原稿が1993年くらいと考えると短くもちっぽけな人生なことに悲観してみたくもなったりする。
そしてそれは未だ幻でもあり、幻想でもある。
ゆくえ知らずの幻想に過ぎない。
その幻想の中の幻想に救われたいという思いが駆け巡って行くのだ。現実は、常に辛かったとしても。それは、消えることのない幻想なのだ。それは、逃避なのか。
それは、まさに釣り人が描く妄想なのだろうか。幻という名の幻想なのだろうか。そこに怪魚なる言葉は似合わない。全く何が怪しいのかも分からない。
2024年友人の釣ったストライパーと
新型CT702-FTS-20 RED MOON SP
ストライパーとの相性もとても良い…それは40Lb超えであっても
ストライパーは、日本のスズキとは異なってより大型化しパワフルかつとても人気の魚である。
ただし私が経験した中では、ジャンプすることはなかった。
月竿のリアルダブルラッピングとシングルラッピング
昨今は、簡易ダブルラップ仕様の竿も多いらしい
簡易なのはいいとして、通常の工程を踏んだダブルラップと一緒にされるのは職人としては少し心外でもある
四万十川よ、眠るな
それがあらゆる人の手で蝕まれても
あらゆる物理的、科学的汚染されても
その砂礫の流れの記憶の中にも
四万十幻想交響曲
それは、突然やってくる。
その手は、誰の手なのか。
その人が誰なのか。
まさか、神の魚が選ぶのか。
神の魚ではなくなったのに。
そんなことはないと思いながらも蓑魚伝説を現実に換えたい人達がいる。
極まれにそれを実現しようとする人が。
蓑魚は蓑魚、四万十川でなければならないともないだろうに。
それは、たまたま訪れるかもしれないし、狙ったから訪れるかもしれない。狙ってとれるならば誰もが狙うだろうが、それには時の運も左右することを知っておくべきである。そうなると運はとても重要な条件になるかもしれない。幸運なのか不運なのか悪運なのかは選択できるものだろうか。それは、また信じるものが救われるという信仰と神への畏怖の上に成り立つのか立たないのか、それを知るのはそれを勝ち取った者のみへの特別な問い掛けでもあるのか。いやいやそれは単なる妄想であって現実は、ハイテクな道具であっさりとやっつけるものであると若者は言う。そしてそれを引きずり上げるだけ。それだけのモノ、それだけのネタとしていいのではないか。はたまたそこまでは言わないがただの釣り。それだけ。それはそれで寂しい限りだと思うけれどもそれも本人の自由だろう。世の中は。その場当たり的画像か映像に重きをおきつつあるからか。撮影自体もただのデジタルなのか、フィルムという過去の遺物に捕らわれない今の価値観なのか。それは、私には分からない。
たしかに突然やってくる
狙いがそこでなくても
それは誰も判らない
選ぶのは神なのか神の魚なのか
ただの怪魚と言われる見世物なのか
四万十の蓑魚老成魚
その赤い目で河を見続けたのか
はたまた一度も人の針にかかったことはないのか
とても気になるが聞くことはできない
それが判れば神の使いは本当なのだろう
潜水艦は、夢のまた夢
多くは夢で終わる
儚き幻想
四万十の幻想
137㎝はあまりにも特大である
それは潜水艦なのか
まだまだ潜水艦ではない
それは幻想
それは137㎝という人生のレコード
誰もがそれを手にすることを希望するが
それを手にするものは、ごくわずかである
それを選ばれた人とするか偶然とするか
幻とするか妄想とするか
現実とするのか
あなたの未来を切り開く唯一の釣竿
それが月竿でありたい
今日それを出す人にも明日出す人にも
未来に出すひとにも、月竿はともにいる
祈幸釣
あとがき
わずか10㎝にも満たない彼らの仲間から、あのミノウオになる
丁度わずか一年後に特別番外編その2をアップするとは思いもよりませんでした。もっと先になるいやもうないかもしれないと思っていた矢先、それはいつも突然です。もっと早くアップするつもりでしたが結局今となってしまいました。書きかけては途中までのものが今書きかけのファイルと日増しに薄らいで行く記憶の様を時は待ってはくれずまた過ぎていきます。今回は、私が若い頃、その眼に焼き付けてきた四万十の情景とその昔の話。また、少しの間だけその情熱を注いだ四万十川での記憶とその後の経過を交えて少しだけ断片的に書いてみました。
また、今回の本来の主役、一気に飛び越えてレコードをたたき出してくれた高橋氏を心よりお祝い申し上げます。今までも何度も申しおりますが、チャンスは等しくの話です。人生の中でチャンスは等しく与えられているのかもしれませんがそのチャンスを幸運に変えてさらに、それが目の前の現実として現れることなどそう多くはないとおもいます。むしろ人間不幸を呪うことも多々あるでしょう。月竿は、そんなチャンスを少しでもものに出来るようにお手伝いすることができたらと思い1本1本手を抜かずこつこつと丁寧に仕上げて参りました。そんな平野屋謹製月竿が幸運をもたらすラッキーな竿であることは、それを手にした方にしか分からないのかもしれません。そのうちのその何人かは確実にその人生のチャンスの一つを掴んでいることでしょう。それは、私が23年前に独立した理由の一部でもあったりします。しばらくハードコアな夢ばかりを追い続けることにすべてを投入してきましたが、年齢に伴う身体能力とその立ち向かう気力も、どうやら過去のようです。あとは、それはマイナーだけど知る人ぞ知る奇蹟の竿と呼ばれるようになれたら…本望かと思ってはおります。そんなバカなことばかり言いよってという方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは大目にみてやってください。実に釣りなどという単なる趣味程度、娯楽程度と考えてみると、儚くも空虚なものですが、ひとたびそれをその先の戦う主戦場にしてみると少し見えるところも体験する感覚も異なるのは誰でもそれを経験した方ならばおのずとお分かりかと思います。また、ここまで辿りついて幸いにも月竿を手にしたユーザーの皆さんには心より感謝申し上げます。あなたがより幸運な釣人であることを願います。さらに、手にされた方は幸運がいつか訪れてくれることを切に願います。また、当初よりこのブログを読んで頂いている方にも真に感謝申し上げます。以前にも釣りは好きだけれどあんたの言っていることは良く分からんし、書いてあることの良く分からないその特殊な専門用語はもう理解不能と言われたことがあったりします。そう、好きという感覚にはその人によって案外大きな開きや温度差があります。傍から見ると、「あの人は釣りばかりしている、うちの旦那は相当の釣り好きなので話が合うと思う。」と言われたことがあります。そうその通りなのかと思いきや、そうでもなかったりします。そこはその人の感覚が大きく異なる他ありません。
あとどれだけこのようなことを書くことができるのか全く分かりませんが、あまり期待せずお待ちください。もしかしたらその3が追加されるような140クラスの弩級の蓑魚老成魚があなたの手に収まる時がくるかもしれません。単独または2人組では、それの重量を計量することはもはや至難の業でありますが、もしかしたらその伝説に迫る100Lbクラスにであうかもしれませんね。それも伝説を呼びこしてきた四万十川で。それはあなたかもしれません。たぶんそれは私ではないことでしょう。もしかすると、既にその時私はこの世に存在しいないかつての友人たちのところなのかもしれません。そんなこと若かりし頃は、ほとんど考えなったとことです。
筆者が愛用していた師匠作のFISHERMAN
AKAME9一号機と星条旗はためくPENN SPINFISHER Z 5500SS 6500SS
当時としては、最高のドラグの滑りとその金属的サウンドで玄人を魅了してきた
それが静寂の四万十川で鳴り響くと
心も同調して鳴りやまない
もてる魂の釣竿
月竿
1990年代初頭筆者のタックル
6500SSはのちにCCMチューンしてある
ベイルリターン問題は常に我々の悩みだった
遠い過去の四万十川と私、親友
2025年10月吉日
その3へつづく…かもしれない
晩秋の訪れ ― 2025年10月16日 16:49
南方回帰Ⅴ₋闇と光₋微残光2015₋6 ― 2025年08月23日 17:51
静寂の中の興奮
肘を押さえつつ
仰ぎ見てはまた空
闇と雲の狭間
雲と雲の狭間
心と空間の狭間
実と虚
虚無と希望
海は、にわかに波だっていた
本日は北東の風が少し和らいだように感じる
波間に浮かぶ光が2つ
静寂とまた岩を切る風
北からの冷たい風
しばし、二人の後方で様子を見る事にした。
いつもながらこの狭間の空間は、悔しさと反省の中に現状への幻滅と反理想を見いだしてしまう。
その2つの重いリスクの払拭が急務の時間。
漸く息も整い、再度投入の気持ちの中、リールチェンジを済ませた。この手の釣では予備は必須である。現場で糸巻き換えとなるとなかなか辛い、また時間も大幅に取られてしまう。
“ふぅ~”
やる気満々の彼らと監督と共に見ていると……。
突然、クリッカーがほんのわずかにジィッ・・と鳴った。
その間一秒あるかないかである。
“んっ?!”
その瞬間の間、JUNが竿を大きく合わせリールを巻いてまた合わせをくれているではないか。CT1363-UM9pは、既に弧を描いてその先にオレンジの耐摩耗ラインが走っていた。ここは上手く、竿を立てられたみたいである。腰もしっかりと落としていた。
ここが第一ハードルの肝であろう。
魚は、その頭を思うように反転出来ていない感じで沖を目指そうとしている。このテンションのかけ方は良かった。
クリッカーは、勢い良くギィ―となるが、それもほんの数秒なのか1秒もあるかないかと言う感じだった。
常にテンションは掛かっている様子。
奴は、沖を目指そうともがく様子と見て取れたが、その竿はよく溜められていた。その加速は、あまり出来ていない様子だった。
一方JUNは、必死の形相だった。(勿論奴も必死と思うが)
息も一気に上がっている。
しかし、糸は何故か巻けている。そしてまた、ギィ―と鳴るとリールスプールは逆転して糸は出ていった。それも10m無い程度だろうか。
その状況をみて、彼の後ろにフォローとして入る。
「右、右に走ったよ。」
そう言うと竿を左に向ける。
そうしたかと思うと今度は、左に走る。
必死に耐えながら竿を握るJUN の姿。
腰を落としたままである。それから3分くらい経過すると、息はかなり上がってきた。少々乱れ気味だったが、彼の真剣さも、必死の形相も変わり無かった。
あと20mを切ったところだろうか、奴が完全に弱る事もなく、またそのオレンジ色に輝くラインがそのリールから滑っていった。その度に、JUNは竿を保持しようと必死であり、リールハンドルを回転させようと必死であった。
不思議とリールインされて行った。時々、荒い息に交じって、“くうっ~!”とも“んぅ!”とも解らない言葉と必死さが後ろを掴む私にも必要十分に伝わってきた。
その場の緊張感は最大。
これは、彼にしか解らない興奮なのは解っていているが、なんとか表現したい。一方ガイドする方は、安心感と正確な指示と誘導が必要となって来る。それを己に言い聞かせて、彼の腰を掴んだ。一気に戦闘モードでしかも、かなり息が荒いのは、その極度のアドレナリンのためなのかどうなのかは本人にしか解らないかもしれなかったがはたからもそう見えた。
そこで監督から指示が。
「ライト当ててみたら?」
「・・・・・・。」
少し早いとは思ったが、総監督からの指示では仕方あるまい。
高輝度LEDを燈火した。
この海が抜群の透明度を持ってしても、まだその魚影は見えない。
“やはり、まだ見えないか・・・・”
しかしラインが走るその方向はくっきりと見える。
「あと少しだよ!頑張って!」
と取りあえず励ましの声をかけるのだった。
最近では珍しくは無くなったが280ルーメンは強烈である。これが400とか600ってどんな感じなのだろうか。はたまた軍事用5000ってどんなものだろうか。恐るべし、LEDの進化。
ほんのわずか10年前の20ルーメンが主力の頃と比較すると、かなりしょぼく見えてくる。釣人は昔から変わらないが、工業、科学技術と言うものは日進月歩なのであろう。ハロゲンランプがとても懐かしい。(あれは、大変重かったがそれが当たり前だとおもったのも1990年代の話)
JUNは、1回転、2回転とリールハンドルを巻き取って行く。
すると、うっすらとそのLED光照射に白銀が反射してくるではないか。
その燻銀に映る魚体は、右に横切っているがその力は先ほどのそれとは比較できない程落ちているようだった。それがうっすらと漆黒の海に映るのは、とても神秘的でもあるように思えた。
それは、今度はまた左に方向を換えた。
水面下で漆黒に浮かびあがるその銀色の胴体が一回りも二回りも大きく映り、それが更に恐怖にも見えた。
その魚体が果たして水深何メールなのかは解らないが5mくらいはまだあるようにも思える。
ここがLEDの実力なのか。勿論海の透明度もあっての事なのだが。
「ああ、イソンボだぁ!」
いよいよ本命のお出ましである。
俄然力が入ったかと見えるJUNではあるが、それは気持ちだけで彼自身はかなり息を荒げていたのである。無理もなかろう、4本目にして漸くここまで辿り着いたのだから・・・・。
「あああ、確実!20㎏超えかも!」
水面下数メートルと言うところでヒラ打ちした魚体がはっきりと解った。それからそいつは力なく、岸際をいったりきたりと背中を見せて左右に泳いでいた。その背中が光に照らされてブラックメタリックのような怪しい魚影をくっきりと浮かび上がらせていた。
これは、イ・ソ・ン・ボ。
しかし、ここが危ないのである。
「よしよし、もうちょっと!」
「もうすぐひっくり返るよ!」
「おお、腹を見せた!」
イソンボは、最後必ず腹を浮かせる。ここが他のマグロ類には見ない光景であるが、とても面白い。明らかに他のマグロとは少し違っているのはここら辺にも出ているのかも知れない。
力無く奴がゴロリ、と腹を上にしていた。
それは、完全グロッキー状態で波間に浮いていた。何時見てもこの最後は、はっきりとしていた。殆ど動かせない尾鰭と左右に出た胸鰭を出して力なくプカプカとその波間に浮いていた。
さてここからが大変な作業である。一人では不可能とも思える作業である。二人掛かりでやっとこさとさっとギャフを掛けると、ゆっくりと引き揚げ作業に掛かった。ここまで5分以上手こずったのであるが、なんとか・・かんとか・・この落差を上げて来こられる時がきたのである。
「あれ!」
「やばい、外れた!」
引きあげていたSYUから、慌てた声が飛んだ。
その高さは1mくらいだったのか、波音にかき消されてかさほどでも無かった。ラインは切れていないようである。また、魚も外れてはいないので仕切り直しに入る。
「大丈夫、仕切り直し!」
再度ギャフ掛け作業に入った。
それから更に2~3分後、やっと掛ける事ができた。
先ずは、一番危険な波からの引き上げ。
ここがクリアできると半分は獲ったようなもの。
しかし、ここが一番の注意点であり、危険な場面である。
過去には、ここで何本も取り逃がしている。
SYUは、再度引き揚げにかかる。
30cm・・1m。
2m・・・3m・・・
そいつは、ゆっくりと引き揚げられてくる。
慎重かつ、パワフルにSYUがロープをタグリ寄せるのであった。
「やった~。」
そう言うJUNを制止して、
「まだ早い、まだ言うな~!」
ともう少し我慢するように促した。
奴の頭が見えた。
あんぐりと開けた口から牙が見える。
やっと頂点まで引き上げると、それを2人かかりでズリ上げた。
「よし!やったぁ~!!」
やっとこさ上げるとそこからは、爆発的に喜ぶ他ない。
それはチームプレー共有の証。
ここはお決まりの万歳を。
ここが欠けては、釣りは本当に面白くない。たぶん・・・・。
それは、良い釣りが出来た証拠でもあろう。
監督曰く、「目がぎょろぎょろ動くんだよなぁ~。」
「これがなんともいえないんだよなぁ。」
確かに、生きた証の目が動く。
これを我々は、何度も経験した。
彼が見る最後とは、一体どのようなものなのだろうか?
彼が最後に見たものは、水の中では無かったが
何がどうなっているのか。
何が現実なのか。
今オレ(イソンボ)の体に何が起こっているのか・・・。
俺は、死ぬのか・・・・
コレが見る現実なのか
ああ、意識が飛んで行く
そう思っている様にも思えてならない。
それは、生と死の狭間。
彼らに我々のような意識が存在するかどうかは解らないが、それはそれでこちら(人間)側の勝手な思いかもしれない。
がしかし、相手の気持ちが少しでも解ればそう無駄な殺生のない世の中になっているのかもしれなかった。
畜生にそう思う心があれば、人などそうあやめられるはずもないと思えるのだが。
激戦の痕は、生身と血で染められた現実である。
決して忘れる事はできない
現実の世界は、そうはなっていない。
本来即、処理になるのだが、やはり初物の記念撮影に少し時間を取ってしまった。
喜びは最大になるが、早速作業にとりかかる。
「監督!ガーラナイフある?」
「ああ、あるよ!」
そう言いながらも収容してあるのは、私の青いバッカンであるのだが。
それを、JUNに手渡した。八重山産琉球松をあしらった柄に琉球松の鞘作りのガーラナイフである。やはりここは、これの出番だろう。
月竿オリジナルガーラ(初期型)
〆る、切る、刺身までこなしてしまう
右からオリジナル2014、中オリジナル2014、2022記念極小、2020限定極極小
ガーラナイフを先ず鰓に立てる。南無阿弥陀仏。それは、活〆と言うよりは、もう既にその心臓には力が無かった。最早虫の息。
その刹那の息の中で鮮血は、少し闇夜には赤黒く映ってゆっくりと流れる。それでもその血は、流れ出て行った。血は、血で争うとかそうでないとか。
月竿オリジナルガーラナイフ各種(21周年記念時)
ハリスの編み込みステンワイヤーが、ところどころ切れて枝毛風になっていた。その牙を飛ばした代償としてなのだろうか。最初のバイトからのランでの衝撃故だろうか。
血抜き
水をかける
一度
二度そして三度
鰓抜き
つぼ抜き
腹を開けてから血合い(腎臓)を取り
今度は、何度も血を洗う。
ここの作業は、例えイソンボだろうがなんだろうがキープする以上迅速に行う。
折れた牙は、野生の突進力を意味していた
その牙を折って走った
顎の辺りを見ると、奴の象徴である筈のその牙が何本も折れていた。喰った瞬間の衝撃で飛ばされたのであろうか?それともその後の疾走の力でワイヤーと勝負して折れたのであろうか?
真剣勝負とはこの事なのか。
その牙と一本のワイヤーハリス。
その先の命のやりとり。
そしてここからがまた、一仕事である。
水と鮮血の入り混じった滴りがなくなると、それを準備していたアルミバックに入れる。それを今度は、通称自転車紐でアルミキャリア(おいこ)括りつける。尾柄部がすっかりはみ出てはいるものの、それはそれで無いよりはずっとましであった。
魚を背負い、車まで移動する。と一言で片づけてしまうが、ここからも一仕事である。建設的な労働ではあるが、重い物は重いのでできるだけ軽量な程良いのは人情と言うものであろうか。JUNはそれを担ぐと恐らく来た道を戻って行くことになる。
冬と言うには、まだまだ暑い南国の夜。
涼しいと言う時間にはなってはいるものの、それでも一汗かく事になる。
牙と鋼とステンレス。
その先には、強固なスイベルとナイロン糸。
その先には、その戦った人の思いがある。
血抜き、腸抜き後のイソンボを担ぐ専務ことJUN
自分の仕事なので致し方ないところだが
それとは裏腹に気分はすこぶる良いのだ
車には、予め氷が容易されていた。
“釣れても釣れなくてもここは万全にしておこう”との作戦会議であったが、 そこは今回計画通り行っていたのである。
JUNと監督のコンビで魚を移動するコンビになってもらい、SYUと私が現場に残った。
さて、順当で行けば次の番は、SYUになるのだが。
その後は、SYUを中心に積極的に竿を出した。
しかしながら、その期待とは裏腹にアタリは無かった。
60分をとっくに過ぎた頃、先ほどの二人組がやっと戻ってきた。
どうやら迷ったらしい。
“うわぁ、それは地獄道”
2人組で良かった。
そう思ったのは私だけではなく、一番そう思ったのは彼ら二人だったに違いない。
賽ノ河原は、永遠に続くようにも思える冬の岩場の出来事。
それを知るものは、その月と星、風と雲。南の潮風に乗るどこからともなく訪れる音。
そして、空の果て
ランディング直後の姿は既に満身創痍
お前はその眼でなにを見てきたのか
南方回帰Ⅴ-影と闇-微残光2015-5 ― 2025年06月11日 12:35
-猛禽類と言う名のリール-
AVET HX RAPTOR
このリールと付き合って早5年近く過ぎた
ブランドと付き合って12年以上(2003年から)が経つ
だれも知らなかっ
たあの時から・・・
初期型AVET
JX Shark designは、あまり知られていない
恐らく、日本国内で最初に使ったのは間違いなく私がその一人に入ると思うが、その証明を出来る証明は残念ながらできない
我が国の高性能リールよ!今こそ大和魂を見せて欲しい
2005年頃のAVET
SXと2010年時のHX RAPTOR
この会社のリールを始めて観たのが2002年の事だった。当時日本には入ってはいなかった頃の事である。その頃は、まだフラットデザインサイドプレートに、シャークの絵がエングローブされていた。当時は、そのリールが特段すばらしいとも思わなかったが、その時聞いた価格に少し感心した。そのコストパフォーマンスには大変優れていたように思えた。いや驚いた。
「なにか、気になる点は?」と聞かれたので、
「個人的にはシャークは嫌いではない。またこの手の釣りがこの国(米国)でポピュラーなのは良く知っている。」
「だが、日本でこのリールを売るとするならば、このシャークのデザインは受け入れ難いものになるだろう。」
「なぜなら日本ではシャークは釣の対象とする人は大変少ないからだ。」
「むしろ、シャークは迷惑くらいに思っている釣人の方が圧倒的に多いと思う。」
そう言うと、彼は驚きを隠せない表情で
「それは、本当か?」
「日本人は、シャークが釣の対象としてはマイナーなのか?」
と聞いてきた。彼は、そのことがにわかには信じられない様子だった。
価値観の違いと言うのは、国によって大きく異なるのだ。それは、その国の主義、思想に大きく反映すると思う。アメリカの釣人は、サメを立派なゲームフィッシュとして認識している。また、その種類によっては食用とされる。寧ろ我々日本の釣人が少数派なのかもしれない。
サメは、我々日本人が太古の昔より漁の対象として捕獲、利用されて来た。そしてかつてほどではないものの現在も利用されているが不人気なのは謎である。日頃の釣人の言動からみて感じとれる部分は多々ある。恐らくではあるが獲物をかっさらう、また仕掛けを切るというミートフィッシャーマンにとっては厄介極まりない存在でもあったりするのかとも思う。一方で水族館の人気物であったりする。
2002年当時のAVET JX Single
Speed Shark
所謂初期型でとても面白いリールだと思った(2002年当時)
さてさて、そのRAPTORが発売になるとすぐに購入した。今までのノーマルデザインは、比較的スムーズにそのドラグは効いていた。滑り出しも悪くないナイロンラインとの相性もばっちりではあったがことどんどん細くかつ強力になっているブレイデッドラインに合わせる必要がでてきたのだろう。その強化ドラグとマグネットブレーキ搭載の2スピードリールは未だ日本のメーカーでは見たことがない。バリューも申し分のない。これは凄いなと思った。技術的には、日本の大手2社ならそう労せずしても難なくこなすレベルであるが、それが生産される事も、販売される事も2015年の冬の時点では無い。勝手に思えば、2016年のそれもないであろう。発売されるとすれば、海外市場が先で後に日本へ入ってくるパターンだろう。
日本の釣具メーカーも冬の時代なのか、勢いは全く感じられなかった。また、そちらの方向に開発される予定もなさそうだった。その方向は、電動モーターの威力向上とコンパクト化にあるように思える。持ち運びも、どんどんリチウム化されたコンパクトな電池になっていった。
さて今回も愛用のRAPTORをメイン機で使用したのだが、どうもドラグの調子が良くない感じである。その原因は・・・思い当たる節が大いにあった。それは・・・・。
今年の駿河湾での出来事だった。
さっぱり釣れないサットウとバラムツに身内俗称“魔の瀬”でトライすることになった。この瀬は、実に怪しい瀬である。
過去に何度も脅威のロングファイトを強いられた場所。脅威の瀬である。それは正に怪魚のレベルと言うよりテラーである。
その正体を知りたくて何度もトライしたが、一度だけ知人が4時間半のファイトの末に浮かせた事がある。船の半分以上あるその巨大魚は、恐らくカグラザメである。その魚体は今でも忘れる事ができない。
肩幅以上の頭部とその大きな鰭。
特徴のある尾鰭は、正に生きた化石だった。
3mどころではない4mも完全超えの更に長かった。それは5mだったのかどうかもうびっくりのサイズだった。その当時の視覚イメージは、5m~6mの 超大型軟骨魚類の感じだった。その独特のフォルムは、古代を思わせる闇と船の灯りに浮かで蠢く海竜にさえ思えたのだ。みんなで思わず後ずさりする程の脅威を感じた。
2002年頃の初期型AVETは、鮫のエングローブだったが特別リールには見えなかったが、今はRAPTORの2段変速リールである。
そいつが浮いて皆の驚きの様子だが、親父さん(船長)は全く怯まなかった。
「おおお!これは釣って東海大学に持って行くぞ!!」
とのお言葉に思わず我々は頑張ってしまった。つまり是が非でも揚げるということなのだ。親父さんは、それが学術的に価値のあるものであることが即理解できたのである。もちろん我々も。
誠に遺憾な事ではあるが、私の母校にその受け入れ先は見いだせなかった。
東海大ならそれが可能との事と言う事だったが、肝心の奴は一度水面まで姿を現すとゆっくりと船に近づいて来た。と思うと、また深海へと潜っていった。
恐るべき体力である。一気に数十メートル引き出された。
正に怪魚ならぬ、怪物である。
それならと今度は親父さんが、船のローラー巻き付け作戦を5時間経過近くなって行う事になった。10m位ローラーで巻きつけると滑り気味になり、更にテンションを上げて巻くとあのPE独特のブツリ・・と言う感覚と共にそれは、一気に軽くなった。
リーダーから切れていた。
リーダーはサメ肌で何度も擦られたか、ズタボロだった。
そんな過去が何度もあった場所。その格闘劇は何度も何度もあった。
そう、恐怖の瀬。それは恐らく、TVバラエティネタとしては、マックスであろうが当然そのようなアプローチはこちらではしたことは無い。ましてや、怪魚マニアでもない。
その後、証拠の撮影したビデオはそのテープカビてしまい。処分に至り証拠画像も恐らくない。アナログ写真があるかもしれないが、その後探しきれていない。
そんな恐怖の場所で同じくまたまた変なアタリ。
最初は、コツコツと触るようなアタリがあった。
少し聞き合わせると根掛かりのように重い。彼らのアタリは何時もそうだ。
それでも竿をベンドマックスまで曲げて、ゆっくりとリフトアップすると、首を大きく振るような引きがあり、更に無理に剥がそうとすると、そいつは急に走り出した。
“もしかして・・・・ああ奴かも・・・・。”
そう思っていると親父さんが
「ごりゃあ、特大のイシナギだぁ~!」
と申されるのでは、取りあえず一生懸命ファイトするしかない。
そう決め込み、10分、20分、30分と汗を流しながらファイトする。
魚は、すぐ下の110mラインまで寄せて更に浮かせて70~80mラインまで上げてくるとまた走りだす。
それを何度か繰り返す。
ドラグテンションを上げても同じ事だった。
2013年に筆者が揚げたイシナギ
即〆したため血痕が生々しい
※儚き偶像の行方参照https://tukinoturisi.asablo.jp/blog/2019/02/21/9039006
“奴だ、奴に違いない・・・”
特大のイシナギから、皆奴を確信しつつあった。
なんとか60分ほどやり取りしたが、全くあと70m以上は浮いてこないのでカグラ君と確信して、ラインカットと思ったが、寒い中皆さんが見てくれていたのでそれぞれ体験してもらう事になった。どうせならドラグを20㎏近くまで上げて、竿を寝かして折れないようにした。これを今流行?のスロージグファイトと称してリールの並行移動の距離分を巻きとることにしてみた。上半身だけでは到底無理なので、フットポンピングでリールインして行った。いままで根掛かりしかやった事がないこのやり方でのファイトは初めてだったが、この竿なしのIGFA失格のファールファイトでなら綱引き出来た。そのテンションでリールが壊れない事に関心を示したのは、SUG氏であった。
どうせラインカットならと試してみたが、これがぐんぐん寄せられた。
“これなら、浮かせられるかも”
体験学習の為にとSUG氏にも竿を御貸しすると・・・彼の恐ろしい、逆の意味でテラーなファイトが始まった。
リールテロリスト、あばれる君などといわれながらも壊れんばかりのリール操作に一同驚愕したが、さすがテロリスト、いやあばれるくん。まったく、動じなかった。しかも、彼は並行してあらんかぎりの力でハンドルを回そうとしているではないか。正に彼も脅威である。
“ちょっと待って、リールが壊れるから、もう交代!”
それから何分かしてまた私に交代して切るつもりでリフトした。
恐ろしい事に90分以上経つと、やつは少しまた浮いてきた。
あと30m。
良く浮いて来た。
これをあと2時間くらいやれば浮いてくるかも?そう思ったが、時間の無駄にも思えた。
決定的な事は、あとその30mと言うところで船の下に張り付いたようにうごかない。
ドラグをfullまでレバーを上げたが、動かない。
やはり怪物である。
「カットするよ~!」
親父さんの反対も無かったのでそこでカットした。
新品の8本撚りPEラインをあっさりとカットすると、何事も無かったように帰りしたくを始めた。
帰宅後、分解をしようと思いながらも、潮抜き程度の軽いメンテをしただけだった。
その数カ月後、そのまま伊豆でイシナギに使った。それから更に帰宅後、ハンドル周りのガタもないので分解する事もなく、今回の現場に至ったのである。どうも低いテンションの具合が悪い感じだった。レバーとブレーキが相対してのドラグ力が上がる仕組みなのだが、どうも今の私のリールの状態は、ブレーキプレートとの接触する部分の、コンタクトレンジがとても狭い感じだった。
これにもっと気がついていれば・・・なんて言い訳である。
何れにしてもこれは整備不良と言われても文句の言いようが無いし、体調不良も己の自己管理不良と言う事になる。
言い訳はできない。
結果が全てを表していた。
歴戦の勇士達のその後2024年11月撮影
敗北後
話を再び元のイソンボに戻す。
すっかり、巻き取った糸のバッキングが心細い状態になったRAPTORを竿から取り外し後方へ移動させて、バッグに仕舞い入れた。
さあ、気を取り直すと言うよりも、今の己の現実は、己と魚との勝負と言うよりもチームワークで勝利させる事ではなかろうか?
そう思ったりした。
早速監督の指令と激が飛ぶ。
「だから気を抜くなと行ったんだよ~!」
「なにやってんだよ~!」
真にごもっともでした。
日頃、私が皆さんに申している通りだし、昨年はそれで散々専務イジメしましたからねぇ。
猛反省。
「さぁさぁ~まだまだ来るよ~!気を抜くなよ~!」
更に監督から激が飛ぶ。
あとの2人に頑張ってもらうしかないと思った。
俄然やる気にった、JUNとSYUの二人。
気合い十分といったところだった。
まったく私が気を取り直してなどと言う間もなく、彼ら2人が早速投入したので暫し監督と共に様子を見る事にした。こんな状況の私では、20㎏以下でも獲り込めるまでに至らないであろう。しかしながら、このテニス肘とやらは一旦痛めるとなかなか回復に至らない。真に厄介なものでかつ生活にまで影響を及ぼす。釣人にとっても本当に厄介な慢性的持病である。左右共その症状とはもはや場末である。
AVET各種と上から新型1403-UM5-6XP
旧1363-UM7p
今回主役の旧1363-UM9p
旧1363-UM7p AK-SP
2000年作成のCT601-30SU-CUSTOMと2002年製JX、ナイロン神海30Lbのコンビでビンナガ(ビンチョウ)を上げた
22㎏程度だった
月竿シャツ2025夏秋 ― 2025年06月06日 19:14
MOON Original Dry zip Dry polo
2025年夏秋
いつもブログを見て頂き真に感謝申し上げます。
月竿オリジナルデザイン
ドライジップ、Tシャツ、ドライポロ半袖のご案内です。
初期より愛されてきた、仲間先生デザインのオリジナルクラッシックタイプも復活です。
長年ご要望されていた月竿の竿に銘打ちしてある“MOON”と“月竿”のオリジナルロゴデザインもご用意させて頂きました。是非この機会をご利用ください。
1.MOONオリジナルドライジップ
2.オリジナルドライTシャツ
3.MOONオリジナルポロ(半袖)
4.MOONオリジナルポロプロ仕様(半袖/左肩日の丸月竿のみ)
いずれもA~Cデザイン
A イソンボライドキジムナー
B ロウニンアジ老成魚デザイン
C MOON/月竿日の丸デザイン
2025夏デザイン
※ご注文方法並びに詳細は、お問い合わせください。
ご予約締め切りは2025年6月15日としております。
納期は、2025年7月初旬前後を予定しております。
2025年6月5日
釣竿工房 月

















































































































































