楽園の終焉Ⅲ-52021年04月12日 16:48

 気温がぐっと下がった先週ですが、今週は少し暖かくなりそうです。
それでは、その5です。

少しばかり雲と風のある月夜のこと。
月明りがぼんやりと地面を照らしかたと思うとまた、流れる雲が被さって辺りを暗くする。風に乗ってその雲がゆっくりと月を隠すと周りのトーンは更に闇に近くなり、また辺りを少しずつ明るくして行く。
辺りには、私以外に誰もいない夜。

聞こえるのは吹き抜ける風と、それに靡く小枝の音。

川の流れる音。

落ち込みが水を打つ音。

少しばかり蛙が鳴いているが、それも川の流れと一緒に聞こえてくるのは、何時もの事なのかもしれない。
 足元の草むらをブーツ越しに踏むとその前には、7cm8cmくらいのダルマガエルが鎮座していた。話によると、今では彼らも絶滅危惧種らしい。昭和の40年代は、田んぼにわんさかいたのだが。
そんな、蛙の風情の夜の事。

 そのプラスチックの疑似餌塊は、またポコポコと音を立てて自分の方に向かってくる。それを何度も何度も少しずつパターンは換えてみるものの、基本は投げては引きの繰り返しである。時折竿先でイレギュラーに動かしてみたり、水の流れや変化に合わせてその巻き取りスピートを変えてみたりと余暇の入り口で右往左往する気分。
"
人生もそんな感じなのかな。"
何も悟っていないのに、そのような悟った気分を自分自身で審判してしまう自分。

 何の変化もないまま、ルアーなるものは手前に寄って来てはまた、それをその先にある流れの奥にくれてやる。

奥。
その奥の奥に。
そのまた奥だよ。

きっとさらにその奥には、幸せと言う何かがあるのかもしれないのに。

楽園があるかもしれないのに。

あなたは、また諦めてしまうのですね。

 その自然空間の間に聞こえる機械音と言えば、‟カチィッ”と言うリールのクラッチを切る僅かな音と、竿が風を切る音の後を追って唸りをあげるリールスプールの逆転音。
そしてまたリールのハンドルを回すとクラッチが跳ね上がる音。
ああ、自然の音と小さな機械の音。
なんて夜なのであろうか。

 本日のここは、少しばかり寂しい感じもするが、いや寂しいのであるが、それが独りの静寂となるとそれはそれで良いのかも知れない。
何も特段楽しむ事などなく、今晩も終わりそうであるがそれでもまた投げてみる。シューンというリールのスプール回転音と共にまたルアーが着水する。その投げられている、大陸製のプラスチック疑似餌は、1920年代の米国でその形が既に形成されていたらしく、そのような時代にこのような遊び道具を作った米国人には少しばかり羨ましい気もしてみる。勿論生まれてもいないのですがね。
その頃は、私の祖母がまだ生まれたばかりの頃。我が国には、そのような遊びがあまり無かったであろう時代である。その後、半世紀以上もマイナーチェンジを繰り返してきて2014年までの今では、遂に生産国まで変わって当たり前になってしまったが、それでも世界中にその愛用者がいると言う事はもの凄い事のように思える。一遊び道具の疑似餌としては、驚異的なロングセラーである事は間違いないらしい。多少どころか手抜きだらけのその大陸疑似餌は、それでもその究極的なフォルムと動きに魅了されてしまうのである。それは、もう大分過去の中学生の頃になるが、思わずそれを生産している米国本社に手紙を書いてカタログを送ってもらった事がある。その手紙は、汚い筆記体で書いた英文で出してみた。
何処にも暖かい気持ちの人は居るらしく、 暫くしてから、エアメールでカタログが届いた。

※画像カット

何もかもがオリジナルのFred Arbogast 1982 年のカタログ表紙

2018年から逆算したら36年も前の話になる。
とても楽しかった時間だった。

1982年の事だったかと記憶している。
もの凄くそれが嬉しかった。
日本には、このようなルアーは、まだ無かった。

※画像カット

驚くほどのサイズとカラー展開だった。
米国の市場の大きさに更に驚いた。

まだまだネット環境などとはほど遠い何十年も前の話。その頃は、その製品がまだUSA製であった。

※画像カット
一番、欲しかったのが鳥のカラーだったが、鳥を魚が本当に襲うのかと信じがたかった頃

カタログから

たった一つ残っていた1981年頃購入したジョイントタイプ。この頃は、BOX入りでUSA製であった。

 様々な雑念の心中とは裏腹に、そいつはテキパキと音を出しながら迫ってくる。
"
今回も何もないのかな?"
と思いつつも、竿先をトントン、ツンツンと動かしてみる。ルアーが僅か1秒かそれ以下なのか一瞬止まって見えたり動いたり。その時、水面を大きく割って水飛沫があがる。

星条旗も喰われる

そして・・・・。

バフン!!と言う異音!
と同時に水飛沫が舞う。
シブキが正に小さな光の粒みたいにはじけ飛んで行くようだ。

疑似餌が弾き飛ばされて、また横たわってそこに浮かんでいる。

"ああ!!"

"でた!!"

闇夜のプレデターとはあいつの事ではないかな・・・。

怪物風ではあるが、怪物ではないなぁ。あくせくとした都会の風がとても近く感じるが、闇夜のハンターが野生をあげる。
空気音と水のはじける咆哮が、己の闇の鬱陶しいこころと共に咆哮を上げる。
怒りにも似た咆哮。
風の匂いと血の匂いがする。

上げろ。
挙げろ。
雄叫びを!
咆哮を!
それも一瞬。
何度も何度も吠え続けろ。

咆哮と咆哮の狭間。
闇の中の光。
それも一瞬。
それは蛍の光の様に儚いのか。

幻想なのか。
幻覚なのか。

単なる夢なのか。

その後、同じ場所に何度も打ちこんで、送りこんではみる。
がしかし、再び竿が曲がる事は無かった。
一瞬の出来事に、眠る獅子の咆哮が上がる。
目覚めるのか、そうでないのか。

そしてまた、静寂。

静寂の中でまた静寂が訪れる。
その闇に舞うホタルをみつける。そのホタルが、疑似餌に付いているケミホタル(人工発光体の商品名)に寄り添ってこようとする。
それを暫く観てみる。仲間と勘違いなのか?とも思える動きをするのか。
 ‟へぇ~これは面白い“
最初にそれに気が付いたのは、うちの末っ子であった。まさかと思って観ていたがそれは、本当だった(本当のように見える)。自然の発光体と人工の発光体が何故だが、上手くリズムを取ろうとしているのには少しばかり心が緩くなった。竿先からぶら下がった疑似餌についているケミホタルを左右に動かしてみるが一匹のホタルがそれに連動して附いてくるではないか。
いと面白きかな・・。

その6へとつづく(しばらくこの路線)